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大安は葬式は執り行っても良い

日本人であれば、「大安」はおめでたい日というイメージがあり、主に結婚式などの祝い事を執り行う際の目安として、この「大安」を参考にする方は多いです。
このように、祝い事は「大安」を基準に日取りを決定しますが、反対に大安に葬式を執り行うことはできるのでしょうか?
「そんなおめでたい日に葬儀をやるなんて不謹慎ではないか」「おめでたい日に葬儀を執り行うのは故人に対して失礼ではないか」などと考えてしまいますよね。
実は、大安に葬儀を執り行うことは、まったく問題ありません。
ここでは、私たちがおめでたい日としている「大安」に葬儀を執り行う事ができる理由と、六曜(以下に解説)との関係をまじえて解説していきます。
大安の葬式が忌み嫌われる理由
先ほどお伝えしたとおり、大安に葬儀を執り行うことは問題はありません。
しかし、大安の葬儀は忌み嫌われる傾向にあります。
それは、多くの人は大安は縁起の良い日のため、そのような日に葬儀を執り行うことはなんとなく後ろめたく、不謹慎で罰当たりな行為を犯している感情があるからです。
また、地域や年代によっては、実際に大安には葬式を執り行ってはいけないとする場合もあります。
この大安の解釈についての正確な認識は、地域差があることもまた事実です。
六曜と仏教の関係性
冒頭にも若干触れた「六曜」ですが、どのようなものかは知っていますか?
正確にわからなくても、カレンダーや手帳などについている「大安」「仏滅」などの文字は見たことがあるかたは多いのではないでしょうか?
この六曜とは、室町時代(14世紀ごろ)に中国から伝わった民間信仰です。
当時は占いの一種として貴族の生活におおきな影響を及ぼし、江戸時代には現在のように庶民の暦にも記載されるようになりました。
第二次世界大戦以降は広く普及し、私たちの生活に浸透しています。
「結婚式や地鎮祭は大安が良い」「お宮参りは仏滅を避けていこう」といったように考えるのは、この時代の名残を私たちが引き継いでいるためです。
しかし、この六曜の考えが、直接的に仏教の考えと一致する点はなにもありません。
なぜなら、仏教ではお釈迦様が2600年前から「日に善悪はない」「良い日も悪い日もなく、自らの行いによって運命はきまる」と教えを説いているからです。
また、浄土真宗でも、日の吉凶を選ぶことを否定しています。
このように、実は六曜と仏教の教義にはまったく一致する教えはなく、何の関係もないのです。
大安の葬式の際の注意点
こういった理由から大安に葬儀を執り行うことは問題ありませんが、注意したいことがあります。
それは、葬儀参列者の中にこの大安を意識して、葬儀に対して不信感を持つ人がいることです。
そういった方は「おめでたい日に葬儀をするなんて良くない」と思い、喪主のことを常識がなく不誠実だと考えます。
本来無関係のはずの仏教と六曜ですが、参列者の中にはこの知識を持っていない人は意外多いものです。
喪主が表立って六曜と仏教の関係について講釈するわけにもいかず、非常に対応が難しい場面が多くなるでしょう。
このような煩わしい思いをしないためにも、できるだけ大安に葬式をさける風潮があることが現実なのです。
六曜と葬式の関係

六曜と仏教は無関係であることは説明しましたが、同様に仏教様式で執り行われる葬式とも関係がありません。
六曜が中国から伝わった民間信仰の占いの類であり、仏様の教えにのっとった教えではないからです。
それでは、この六曜とはどのようなものなのでしょうか?
ここでは、六曜の中にあるの6種類の吉凶を表す「六輝(ろっき)」について、それぞれ解説していきますね。
先勝(せんしょう)
先勝は一日を分け、午前中は「吉」午後は「凶」と考えられ、一日のうちで吉凶が入れ替わります。
これは、「先んずれば即ち勝つ」という先勝の意味から、先手を打つことで吉日となるとされているからです。
友引(ともびき)
友引は、朝晩は「吉」、正午前後は「凶」とされています。
これは、もともと友引は「共引」と表記されていて、「共に引き分ける」という意味から、勝負事では勝敗がつかない日と考えられているためです。
先負(せんぶ)
先負は、午前中を「凶」午後を「吉」と考えられています。
これは先負が先勝と反対の意味を持ち、「何事も先んじては良くない」「じっくり待ってから動くのが吉」とされているためです。
また、「せんぶ」以外では「せんまけ」「さきまけ」などと読まれることもあります。
仏滅(ぶつめつ)
仏滅は、1日を通して「凶」と考えられています。
これは「すべての物事に滅びが通ずる」という意味があるためです。
また、仏滅はもともと「物滅(ものめつ)」と表記されていましたが、のちに「仏滅」となり「仏も滅する大凶日」という意味が後からつけられました。
大安(たいあん)
大安は、1日を通して「吉」とされています。
これは「あらゆる物事において安泰、良い兆しが見られる」という意味があるためです。
また、「大安」はもともと「泰安」と表記され、何をするにも安らかに事が運ぶ日とされています。
赤口(しゃっこう)
赤口は、正午前後のみが「吉」とされています。
赤口が仏滅の次に「勝負事は避けるが良し」と考えられ、とくに慶事に関しては「大凶」と考えられています。
そのほか、火や刃物、契約や訴訟なども避けた方が良いと言われています。
仏教以外の宗教と六曜の関係性

仏教とは何のつながりもなく古代中国の民間信仰として日本に伝来した「六曜」。
仏教以外の宗教とはどのような関係性なのでしょうか?
ここでは、私たちになじみ深い「神道」「キリスト教」に関してお伝えしていきましょう。
神道
私たちは、神道式で結婚式を執り行う際にも「大安」を選び、「仏滅」や「赤口」を避けて執り行うことが一般的です。
しかし、神道と六曜の関係にも共通する教えは何もなく、まったくの無関係です。
そのため、仏滅に神式の葬式や結婚式を執り行うことについてもなんの問題もありません。
しかし、仏教様式の葬儀が「大安」に執り行うことを控えるように、神社を参拝する際には六曜を意識して「仏滅」を避ける方が大勢いることもまた事実です。
神道式で葬儀を執り行う場合、仏教様式と同じく「大安」を避けるなど、葬儀参列者の感情を考える必要があるでしょう。
キリスト教
キリスト教はそもそも西洋圏で発展し、日本に伝来した宗教です。
古代中国発祥の六曜との関連性はまったくありません。
そのため、キリスト教式の葬儀や結婚式を「仏滅」に執り行うことについては、まったく問題ありません。
これはキリスト教のカトリックとプロテスタントのどちらでも同様です。
葬式を執り行ってはいけない日とは?

大安に葬式を執り行っても何ら問題ではないことはこれまで解説したとおりです。
では、葬式はどんな日でも執り行うことが可能なのでしょうか?
ここではそんな疑問について解説していきましょう。
「友引」は一般的にNG
実は、葬式を「友引」に執りおこなうことはNGとされています。
これは「友引」という文字が「友が道連れになる」という解釈につながり、遺族や葬儀参列者に対して縁起が悪いと考えられるようになったことが原因です。
また、この理由から友引には火葬場は定休日となることが一般的です。
たとえ友引に葬式を執り行いたくても、火葬場が定休日のため遺体の火葬ができないという物理的な理由が加わり葬式ができないようになったのです。
「赤口」は嫌う人もいる
「仏滅」は六曜のなかで一番悪しき日と考えられていますが、「赤口」は「仏滅」に次ぐ悪しき日とされています。
また、赤口は「火」「刃物」「血を見るような事故や怪我」などに注意が必要な日とされ、葬式には不向きと考える方もいます。
ただし、これは、赤口の「赤」という文字からくる単なる迷信です。
このような理由から、この赤口についても葬式を執り行うことはまったく問題はありません。
ただし、大安同様に六曜について間違った解釈をする方もいるため、参列者への配慮が必要な場合もあるでしょう。
地域により異なる
お住いの地域によっては、六曜が重んじられる場合もあります。
このような地域では、「葬式は大安を避けて執り行わなければならない」「通夜や葬式は仏滅が最適である」といったように、六曜についてその地域特有の解釈が存在します。
「六曜からくる縁起を担ぎ、仏教様式の葬式を執り行う」と考えることもできますが、ご自身がこの風習を知らずに葬式を執り行うと、参列者の反発をまねく恐れもあります。
葬儀に関してはその地域特有の考えや風習をよく理解し、その地域の葬儀に詳しい方や葬儀業者に確認を取りながら進めることが重要です。
葬式を執り行う日取りの決め方と手順

初めて喪主を務めることとなり葬儀の日取りを決定する場合、ご自身や遺族の都合だけを優先して段取りをつけるわけにはいきません。
葬儀日程は、次の手順に従いながら確認事項や決定事項を進めていきましょう。
この手順どおりに行えば、スムーズに葬儀の日取りを決定することができますよ。
手順①:宗教者の予定を確認する
葬式は宗教者に導かれ進行していきます。
そのため、何よりもこの宗教者の予定を把握、葬儀予定日の日程を確保することが最優先です。
「菩提寺がある」「親族の葬式はいつもお世話になっている住職がいる」など、特定の住職にお願いする場合は、故人の臨終後ただちにこの住職に連絡を取ってください。
大まかな葬儀予定だけでも伝えた方が良いでしょう。
手順②:火葬場の空き状況を確認する
住職の予定を確認したら、火葬場の空き状況の確認をおこないます。
特に、人口が密集している大都市圏では火葬場は常に混雑し、希望日の火葬ができないことも予想されます。
また、火葬場は上記解説のように「友引」は定休日であることが多いです。
この「友引」が火葬予定日と重なることで、葬儀日程をずらさなければならない場合もあります。
このような事態を回避するため、火葬場については「公営火葬場」以外に「民営火葬場」の予定も確認し、把握しておく必要があるでしょう。
お住いの地域により事情は異なりますが、場合によっては5日から7日ほど火葬ができないケースもあり、その場合はご遺体の保存方法も別に考えなければなりません。
近年の火葬場では休みを設けないところもある
近年、火葬場不足の影響から、主に首都圏では火葬場の定休日である「友引」についても稼働する火葬場は増加傾向にあります。
また、火葬場が定休日を設けない背景には、今回紹介した「六曜と仏教には何ら関係が無い」という考えが、以前より普及したことも関係しています。
この考えが浸透したため、「友引」でも葬式を執り行って良い考える方が増加し、結果的に「友引」でも稼働する火葬場が増えるようになったのです。
手順③:六曜を確認する
今回紹介したように、仏教様式の葬式と六曜は関係がなく、一部の地域を除き六曜を意識した葬式日程を組む必要はありません。
しかし、この六曜について正しい知識を持たない葬儀参列者への対応を考えた場合、可能な限り「大安」や「仏滅」は避けたほうが無難です。
また「友引」に関しては上記解説のとおり、よほどの事情がない限り葬式はさけたほうがよいでしょう。
手順④:葬儀の形式を決定する
葬儀の様式を決定する際には、以下に紹介する葬儀方法が一般的です。
- 「火葬」「直葬」:通夜・告別式を執り行わず火葬だけを執り行う
- 「一日葬」:通夜を執り行わず、火葬だけを執り行う
- 「一般葬」「家族葬」:通夜・告別式・火葬を執り行う
上記の中で一番多いのは家族葬となり、通夜を執り行いその翌日が告別式・火葬という流れが一般的です。
家族葬以外の火葬や一日葬では、通夜や告別式が省略され一日で全ての葬儀を執り行うため、葬儀全体の規模や日程もかわってきます。
葬儀様式を決定するには、それぞれのメリット・デメリットを把握して、遺族や故人の要望・参列者の予想人数・葬儀費用をふまえて決定しなければいけません。
手順⑤:葬儀会場を決定する
葬儀会場の、主に次の条件により決定すると良いでしょう。
- 葬儀様式
- 故人の遺志
- ご遺族の経済状況
- 葬儀参列者の見込み人数
葬儀参列者の見込み人数と平均香典額を見積もった金額から、
- 僧侶への謝礼
- お心付け
- 葬儀業者への支払い
- 参列者の会食費
- 印刷代
といったの諸経費を差し引いて、マイナスにならないような会場を選ばなければいけません。
そのため、数ある葬儀会場から、ご自身だけで条件に合致する会場を選別することは非常に困難です。
葬儀内容を葬儀業者へ相談する際に、葬儀会場に関する金額的な条件を話し、全面的にサポートしてもらいましょう。
葬式が友引にあたる場合の喪主の対応方法

近年、六曜と仏教に関係がないという考え方が広まり、以前にくらべ「大安」「仏滅」の葬式の執行はかなり柔軟に対応できるようになりました。
しかし、それでも「友引」の葬式だけは現在でも頑なに避けられる傾向があります。
ここでは、どうしても「友引」に葬式を執り行わなければいけない場合の、喪主の対応方法について解説しましょう。
対処方法①:仮通夜を設ける
葬式の日が友引にあたる場合は、喪主は葬儀参列者に配慮して葬式を友引の次の日にずらす必要があります。
この場合、「仮通夜」という故人を偲ぶ会を近親者のみで友引に執り行い、葬式を友引の翌日に執り行えるよう日程を調整する方法が取られます。
対処方法②:共人形(ともにんぎょう)・いちま人形・いちまさん
都合により、どうしても「友引」にお葬式を執り行わなければいけない場合もあるでしょう。
火葬場や葬儀会場の都合がつかない年末年始などが該当するかと思います。
このように、やむを得ず「友引」に葬儀を執り行う際は、主に関西圏では「共人形」とよばれる人形を棺に入れ葬儀を執り行う風習があります。
人形の呼び名や形は各地域により異なりますが、喪主は「共人形」を使うことを参列者へ伝え、参列者が納得した上で「友引」の葬式が執り行われるのです。
また、この共人形はおもに大阪では「いちま人形」京阪地方では「いちまさん」と呼ばれることもあります。
まとめ

古来日本に中国から伝わった「六曜」と葬式の関係性について、深掘りして解説しました。
六曜とは占いの一種であり、科学的な根拠のない迷信です。
そのため、仏教やほかの宗教も同様に関連性はありません。
しかし、「大安」などのおめでたいといわれる日に、葬式を執り行うことに抵抗感を感じる方の心情も理解することができます。
現在は、この六曜と仏教の関係性について正確に理解し、日柄を気にすることなく葬儀を執り行う方も増えきました。
ただ、一番に考えなければならないことは、葬儀に参列する方の気持ちです。
葬儀参列者の誰もが故人を偲び、哀悼の意を持って送り出してあげることができないのであれば、それは喪主にとって後悔が残る葬式となります。
六曜に縛られることなく葬式を行うことが仏教の本道ですが、参列者への配慮を忘れずに誰もが参列できる葬儀こそが、故人にとっても遺族にとっても後悔のない葬式と言えるのです。