故人との別れを経験した遺族の中には、死別したことを受け入れられずに心身の不調に陥る人も少なくありません。
このようなとき、遺族が抱えている悲しみを吐き出し、心が軽くなるようケアを行うことを「グリーフケア」と呼びます。
今回は、グリーフケアの役割や具体的な対応例、グリーフケアを行うときに気をつけるべきポイントについて詳しく解説します。
グリーフケアとは

グリーフケアの「グリーフ」とは、「死別を経験したことによる深い悲しみ」を意味します。
身近な人との死別は、たとえ覚悟をしていたとしても受け入れ難く、その悲しみを乗り越えようとするあまり無理をしたり、乗り越えられず一人で苦痛を抱える人も多いのです。
グリーフケアでは、こうした苦しみを抱える遺族に寄り添い、悲しみを乗り越えるためのお手伝いをします。
いつから始まったもの?
グリーフケアの歴史は古く、1960年代にはすでに欧米でその必要性が認められ、日本でも1970年代には詳しい研究が始められました。
それまではあまり注目されてこなかったグリーフケアですが、近年頻繁に起こる自然災害や事故、不条理な事件などで「受け入れがたい死」を経験した遺族が増えたことで、グリーフケアの重要性が注視されるようになっているのです。
役割とは?
グリーフケアが担うのは、「遺族が前を向いて進み出すまで」のお手伝いです。
故人を見送った遺族の心は、「しっかりしなければ」という思いと「どうして亡くなったのか」という葛藤の間で揺れ動いています。
さらに、普段から我慢強い人ほど「悲しいという感情」を隠してしまうため、心の病気を患ったり身体に影響が出ることも少なくありません。
グリーフケアは遺族がありのままに悲しみを表に出し、故人の死を受け入れた上で本当の第一歩を踏み出すお手伝いの役割を果たします。
グリーフケアが必要なケース

故人が亡くなったことで受けるショックは、遺族でなければわからないほど大きいものです。
したがって、周囲の人にはその症状がわかりにくく、グリーフケアが必要かどうかを判断できません。
そこでここでは、グリーフケアが必要なケースを詳しく紹介していきます。
もし遺族に当てはまる症状が出ている場合は、グリーフケアを検討してみてください。
ケース①:精神的な症状が出ているとき
精神的な症状の具体例には、次のような項目が挙げられます。
- 悲しい・苦しい・寂しいといった感情が著しく見受けられる
- 故人が亡くなったことに対し、虚無感や無力感、罪悪感といった自分を責める言葉が出ている
- 日常生活を送っていてもどこか消極的で、対人関係を避けたり鬱の症状が見られる
- ふとした瞬間に強い不安感を覚え、感情の起伏が激しい
このような症状が長く続くと、最悪の場合は自らの命を縮めるような行動に移行することがあります。
少しでも気になる場合はグリーフケアが必要です。
ケース②:身体的な症状が出ているとき
身体的な症状の具体例としては、次のような項目が挙げられます。
- 食欲がなく体重が激減する
- うまく眠ることができず、眠ってもうなされて起きてしまう
- 常に強い疲労感がある
- 頭痛やめまい、胃腸系の不調、といった病状が見られる
このような例の他にも、故人と死別した後から極端に病弱になったり体の不調を訴えるようならグリーフケアを受けて心身を整えることが大切です。
ケース③:行動に問題が出ているとき
グリーフケアを必要とする問題行動には、次のような例が挙げられます。
- 集中力がなく話を聞いていない
- 落ち着かず色々なことを確かめて回る
- やる気がなく家に引きこもりがちになる
- 記憶の混乱や動揺がある
強い悲しみが問題行動となるケースでは、自分を奮い立たせようとするあまり無理をしたり、必要以上に頑張って反動で落ち込むことも少なくありません。
問題行動は、ときに遺族が危険な状態になることもあります。
少しでも問題行動が見られた場合は、すぐにグリーフケアを行ったほうが良いでしょう。
グリーフケアを行える人

グリーフケアは国家資格ではないため、知識とやり方がわかれば誰でも行えます。
しかし、より効果的なグリーフケアを行うのであれば、適切な人選が必要です。
では、グリーフケアを行う場合どのような人が適切なのか、グリーフケアを行える具体的な人を紹介していきます。
身近な人でも可能
グリーフケアは国家資格がないため、身近な人でも行うことが可能です。
しかし、一番の目的は「遺族が悲しみを乗り越えること」ですから、できれば遺族に近しい人で、普段からよく遺族と交流がある人が良いでしょう。
たとえば、遺族の古くからの友人や仲間、遺族から強い信頼を得ている人がグリーフケアを行うと、遺族も弱音や素直な感情を出しやすいためグリーフケアは上手く進みます。
専門家ならさらに安心
もし身近な人でもグリーフケアが上手く進まない場合は、グリーフケアの専門家に依頼することが大切です。
グリーフケアには国家資格はありませんが、近年の傾向を踏まえて民間資格を取得する人も増えており、医療や葬儀の現場で活躍しています。
専門知識がある人は、遺族の激しい感情の波や症状にも上手に対応できるため、少しでも不安があるときには専門家に頼るようにしましょう。
グリーフケアの民間資格の種類

グリーフケアには、民間の資格が数種類があります。
それぞれの呼び方で資格の特徴がわかるため、グリーフケアを選ぶときの目安にしてください。
グリーフケアカウンセラー
グリーフケアカウンセラーは、死別によって生まれる人間の深い悲しみと、その悲しみから回復するための知識を学び実践する人で、心理カウンセラーに近い専門家です。
自分の悲しみから脱却するために講習を受ける人もいますが、グリーフケアカウンセラーとなった人が講習会を開き、遺族が悲しみを解放する場所を提供することもあります。
グリーフケアアドバイザー
グリーフケアアドバイザーは、一般財団法人日本グリーフケア協会の認定資格です。
グリーフケアアドバイザーには、2級(初級)・1級(中級)・特級(上級)の3種類があり、級位が上がるほどより専門的なグリーフケアの知識が身につきます。
グリーフケアアドバイザーは、実際に医療現場で働いている看護師も多く取得している資格なので、より専門的な知識と経験からアドバイスを受けたい人に人気です。
グリーフ専門士
グリーフ専門士は、一般社団法人日本グリーフ専門士協会の認定資格です。
グリーフケアに関する知識と実践的なノウハウを深く学ベるので看護師にも人気があり、その専門的な知識で段階的に丁寧なケアが行われます。
日本グリーフ専門士協会では、オンラインによる遺族向けのわかちあいの会が多く開催されているので、実際に死別で苦しまれている方にグリーフケアの場として紹介することも良いでしょう。
グリーフケアの具体的な方法

グリーフケアでは、深い悲しみを抱えて苦しむ遺族に寄り添い、本当の意味で前向きに歩み出すお手伝いを行います。
しかし、いざ実践しようと思うと何から行えば良いのか戸惑う人も多いことでしょう。
ここでは、グリーフケアの具体的な方法について詳しく紹介します。
方法①:ケア対象者が感情が出せるようにする
グリーフケアで最初に行うのは、ケア対象者が感情を出せるようにすることです。
たとえば、故人の思い出話を語り合い話しやすい雰囲気を作ったり、ケア対象者がふと口にした悲しみを受け入れて聞き役に徹したりするだけでもケア対象者は楽になります。
無理に話をさせようとすると、かえってケア対象者は感情を隠してしまいます。
無理に話を誘導せず、遺族のペースに合わせて感情を引き出すようにすると良いです。
方法②:儀式を行い気持ちを整理する
故人とお別れをするための儀式も、グリーフケアでは重要となる項目です。
葬儀を行うことも立派なグリーフケアの一つですが、それでも気持ちが落ち着かない遺族には、遺品整理や納骨・散骨といった儀式を通してグリーフケアをしてみましょう。
お別れの儀式も、ケア対象者を無理に誘導してはいけません。
ケア対象者本人が自分の意志で儀式を行うことが気持ちの整理につながります。
本人が嫌がるようなら無理強いはせず、少し心が動いたときに行うと良いでしょう。
方法③:回復と後退をありのまま受け止める
グリーフケアは、一度受ければすぐに回復するというような即効性のある方法ではありません。
むしろ、気持ちが回復したり後退したりという気持ちの揺れを繰り返し、ケア対象者本人も歯痒い思いをしている状態です。
この回復と後退をありのままに受け止めることが、大切なグリーフケアになります。
ケア対象者が前向きになったときには一緒に安堵し、後退したときには「その姿も当たり前」という気持ちを伝えながら、遺族の心に寄り添うようにしましょう。
方法④:専門家に相談する
知識があれば誰でもグリーフケアを行えますが、すでにケア対象者の症状が重いようであれば、まずは専門家に相談しましょう。
特に、心身の異常状態は放置しておくと命が危うくなるため、専門科医に状況を説明して指示をもらうようにしてください。
体の不調が治っても心のケアが難しいと感じたら、グリーフケアの専門家に相談してカウンセリングや講習会などの参加を検討しましょう。
グリーフケアで気をつけるポイント

グリーフケアは遺族の抱える繊細な心へアプローチを行うため、気をつけるべきポイントがあります。
では、グリーフケアではどのような点に気をつけるべきなのか、その内容を詳しくお伝えしていきます。
ポイント①:ケア対象者に寄り添う
遺族が死別により与えられたショックは、経験した人でないとその大きさはわかりません。
まして、不慮の事故や自然災害などで突然の別れを経験してしまうと、最悪の場合誰の意見も耳に入らず人間不信に陥ることもあります。
一番大切なことは、ケア対象者に寄り添い悲痛な思いを吐き出してもらうことです。
話したくないというケア対象者には無理な声掛けをせずに寄り添い、ふとした瞬間に漏れた本心を丁寧に拾い上げて、閉ざした心を開いてもらえるようにしましょう。
ポイント②:結果を急がない
グリーフケアを受け入れたケア対象者は、早く悲痛な心から抜け出したいという気持ちと、どうしても整理がつかない悲しみの間を揺れ動きます。
そのため、グリーフケアを受けて前向きな意識を持てても、時間が経つと再び苦しくなるという心の動きを繰り返すのです。
このとき、早く元気になってもらいたいという気持ちから、結果を急ぎすぎて無理にケア対象者を誘導してはなりません。
決して結果は焦らず、ケア対象者が少しずつ故人の死を受け入れられるよう注意しましょう。
ポイント③:ケア対象者の気持ちを尊重する
グリーフケアで一番尊重するべきなのは、ケア対象者の現在の気持ちです。
死別という事実は遺族にとって大変大きなショックですから、良かれと思って提案したことや掛けた言葉も受け入れられず、さらに受け入れられなかったという事実に苦しむ人も少なくありません。
たとえば次のようなケアを行うだけでも、ケア対象者の心の負担は軽くなります。
- 食欲がないなら無理に食べさせない
- 話したいことを話したいように口に出させる
- 悲しむことを肯定して許可する
グリーフケアを行うときは、ケア対象者の気持ちを常に意識して行うようにしましょう。
グリーフケアを行うときの注意点

グリーフケアを必要とする遺族は、周囲の人にはわからないほどの苦しみを抱えています。
そのため、「自分は大丈夫」と気持ちを張り詰めてしまったり、心配を掛けないよう本心を隠そうとするケースも少なくありません。
それをほぐすために行うのがグリーフケアですが、一つ間違うと不信感を持たれてしまったり、話をすることすら拒否されてしまいます。
では、グリーフケアを行うときはどのような注意が必要なのか、具体的な例を詳しく解説していきます。
- ケア対象者をコントロールしようとしない
- 感情の浮き沈みを理解する
- 命に関わりそうなときは専門家に相談する
注意点①:ケア対象者をコントロールしようとしない
グリーフケアを行う目的は、遺族が抱える深い悲しみを落ち着かせ、新しい生活の第一歩を踏み出すお手伝いです。
しかし、「〇〇したら元気になるに違いない」と前向きな意見を押しつけたり、「〇〇だから駄目なんだよ」とケア対象者の気持ちを否定したりする人も多く、結果的に逆効果になってしまうこともあります。
一番大切なことは、「ケア対象者が自分の意志で悲しみを受け入れ、自分の力で立ち上がること」です。
思い通りの結果が得られなくても決してコントロールしようとせず、ケア対象者が受け入れてくれることから少しずつケアを進めていきましょう。
注意点②:感情の浮き沈みを理解する
グリーフケアのケア対象者は、感情の浮き沈みを繰り返しながら回復するので、一回回復したからといって安心してはなりません。
この感情の浮き沈みを理解していないと、ケア対象者に思わぬ症状が出たときに対応が遅れ、ケアを始めたときよりも悪化する可能性があります。
「ケア対象者の心は、浮き沈みしながら回復する」という点をしっかりと理解し、完全に立ち直れるまで時間を掛けてケアをしましょう。
注意点③:命に関わりそうなときは専門家に相談する
グリーフケアを検討する人の多くは、ケア対象者が命に関わるほどの深い悲しみを持つことに大きな不安を感じます。
これは決して大げさなことではなく、心身の異常がケア対象者の心身をむしばみ、結果として命が危うくなるケースも多いのです。
命に関わりそうなほど深刻な症状が見られるときは、ケア対象者を必ず専門医に連れていき相談するようにしましょう。
鬱の症状があるなら精神科へ
鬱の症状は、遺族の心を疲弊させるだけではなく、突発的に自死を選ぶこともあり大変危険です。
実際にあったケースには、父親を亡くした子どもがある日突然学校を無断欠席し、遠くの町で立ち尽くしていたところを保護されたという実例があります。
少しでも鬱の症状が疑われるときは、早い段階で精神科へ出向いて診察を受けさせた方が良いでしょう。
心身の異常は専門科医へ
心因性も含めて身体に異常が出ている場合は、まず病院へ行って診察を受け、薬などの対処を行うようにしましょう。
このとき、グリーフケアを行う人が遺族の心の状態を医師に伝えることで、連携が取れて今後の相談もしやすくなります。
もし難しい場合でも、適切な病院へ紹介してもらえることもありますので、少しでも身体に異常がみられる時は専門科医に相談しましょう。
寄り添うのが難しいならアドバイザーへ
グリーフケアは、見えない遺族の心をときほぐす作業になるため、知識が浅い人が行うと的確なケアができない可能性があります。
また、ケア対象者の性格によっては「身近な人のケア」を受け付けず、グリーフケアが失敗することも少なくありません。
もしケア対象者に寄り添うことが難しいと感じたら、無理はせずにアドバイザーへ相談し、適切なケアが受けられるようにしてください。
遺族会などに相談しても良い
不慮の事故や災害などを原因とした死別の場合、状況が特殊なため遺族の感情が理解しにくく、グリーフケアが難航することもあります。
このようなときは遺族会に相談し、茶話会などで本当の気持ちを話すことも良い方法です。
実は、特殊な事情での死別を経験した人は話をすることすら苦痛を感じ、多くの言葉で説明することで自分を傷つけることもあるのです。
同じような境遇の人が相手であれば、わざわざ辛い話を深く掘り起こして傷つくこともなく、理解者がいることに安心できます。
グリーフケアを行ってみたけれど、どうしても本心や詳しい気持ちを話してもらえないという場合は、同じ境遇にある遺族会に参加してみましょう。
まとめ

大切な人との別れはいつか必ず訪れるものではありますが、その悲しみはときに大きな足かせとなって遺族の心身に影響を及ぼします。
残された遺族が本当の意味で立ち直る第一歩を踏み出せるよう、グリーフケアの知識を深めて心身のケアに役立てましょう。