遺留分とは、法定相続人に認められた最低限の相続分のことです。もし、遺言書などで遺留分が侵害された場合、侵害された人は、遺留分減殺請求を行うことができます。侵害された遺留分の支払いを相手に求めることができるのです。
遺産が親族以外の第三者に渡ってしまう、相続人の間に大きな不公平がある、など遺産相続に関するトラブルが起きたときに、自らの権利を正しく主張できるように、遺留分減殺請求について知識をみにつけましょう。
遺留分減殺(いりゅうぶんげんさつ)とは
相続においては、適切な遺言書がある場合には、法定相続よりも遺言書が優先されることになっています。
しかし、遺言書の効力を絶対としてしまうと、法定相続人が財産を受け取れない、受け取れても極端に少ない額になるといったことが起こります。それを防ぐために保証されているのが、遺留分という最低限の権利なのです。
遺留分減殺とは、遺言書の内容や生前贈与などによって自分の遺留分が侵害されているときに、その権利を訴え、遺留分を取り戻すことを言います。そして遺留分減殺で、遺留分を取り戻したい時は遺留分減殺請求という手続きを踏む必要があります。
間違えてはいけないのは、遺留分はあくまでも「権利」であるので、例え遺留分が侵害されていても「別に遺留分はいらない」と考えるのであれば、遺留分減殺請求をせずに遺言書に従うこともできる、ということです。
遺留分減殺請求の条件
では、遺留分減殺請求を行うことができる条件について解説していきます。
減殺請求を行う事ができる人
遺留分減殺請求を行うことができる人=遺留分の権利を持っている人、は法律で明確に定められています。それを理解するために、まずは、法定相続の順位について簡単に確認しましょう。
- 被相続人の配偶者は法定相続人となる
- 子どもがいる場合には子どもも法定相続人となる
- 子どもが既に亡くなっている場合は、そのさらに子、被相続人にとっては孫が権利を受け継ぐ
- 子どもも孫もいない場合は、被相続人の親が法定相続人に加わる
- もし親がいない場合は、その親(被相続人の祖父母)に権利が渡る
- 親や祖父母がいないときには、被相続人の兄弟姉妹が法定相続人となる
このうち、遺留分が認められているのは、5番目の祖父母までです。兄弟姉妹には権利がありません。また、遺留分減殺請求は、遺留分が侵害されている本人以外が請求をすることはできません。
◆ ケーススタディ
相続人:妻、長男、次男
亡くなった父の遺言書に「妻に2分の1、長男に2分の1」と記載されていたとします。この場合、兄弟の遺留分は「8分の1」ずつであり、次男は遺留分が侵害されています。が、たとえば妻が「かわいそうだから、弟にもちゃんと支払ってあげて」と長男に請求することはできないのです。遺留分を請求する場合は、次男が自ら請求する必要があります。
※遺留分で請求できる割合について次章で解説
減殺請求で取り戻せる割合
遺留分の割合については、以下のように決められています。
- 相続人が親や祖父母(直系尊属)のみの場合:法定相続分の3分の1
- それ以外の場合:法定相続分の2分の1
- 兄弟姉妹:なし
ケース1)法定相続人・・・配偶者、子A、子B
- 配偶者:法定相続分(1/2)×1/2=1/4
- 子:法定相続分(1/2×1/2)×1/2=1/8
配偶者は遺産の4分の1、子A、Bはそれぞれ8分の1ずつ取り戻せます。
ケース2)法定相続人・・・配偶者、親
- 配偶者:法定相続分(2/3)×1/2=1/3
- 親:法定相続分(1/3)×1/2=1/6
配偶者は遺産の3分の1、親は6分の1を取り戻せます。
ケース3)法定相続人・・・親A、親B
- 親:法定相続分(1/2)×1/3=1/6
親A、Bはそれぞれ、遺産の6分の1ずつ取り戻せます。
減殺請求の時効
遺留分は、一定の期間を過ぎるとその権利が失われてしまうので注意しましょう。
期限は、次のように定められています。
- 遺留分が侵害されていると知ったときから1年間
- 知らなかった場合でも、相続発生から10年が経つと権利が消滅する
得た財産に不満がある場合
遺留分で取り戻せる割合を見てわかる通り、遺留分減殺請求で財産を得ることができても、その額は法定相続分よりはずっと少なくなります。では、この額に不満がある場合はどうすれば良いのでしょうか?
基本的に、請求できるのは遺留分として認められた分に限られます。もし、これに不満がある場合は、他の相続人に対して遺産分割協議を申し入れるという手段があります。
通常は、遺言書がない場合に行われますが、遺言書があったとしても、誰かが不服を申し立てたいといった場合にも行われることもあります。遺産分割協議をすれば、遺留分より多くの財産を相続できる可能性が出てきます。
ただし、なかなか決着がつかない場合には、遺産分割調停、審判へともつれこんでいきます。場合によっては裁判になることもあります。
また、一度遺産分割協議によって分割方法が決まり、相続人全員が遺産分割協議書にサインすると、その後での遺留分減殺請求は通常はできませんのでご注意下さい。
遺留分減殺請求を行使する場合の注意点
続いて、遺留分減殺請求を行う場合の注意点について解説します。
不動産など分けにくいものがある場合
不動産や宝石など、分割しにくいものがある場合、遺留分減殺請求をすることで、かえって権利関係がややこしくなったり、残しておきたかった財産を失ってしまったりといったことが起こり得る可能性があります。
ケースとしては以下のような状態になった場合を指します。
財産を共有する
遺留分が侵害されないように、共有財産として保有する方法ですが、これは権利関係において不都合が生じることが考えられます。
例えば不動産の場合は、支払いや管理はどうするか、家賃収入があるときにはどうするかといった問題が出てきます。
また先々に不動産を売却することも考えられますが、共有財産の場合は全員の同意が必要となり何かと扱いにくいです。
代償金を支払う
遺留分が侵害されないように、財産を受け取った人が、代償金として遺留分に当たる額を支払う方法です。
この方法だと、財産は1人の人間が所有するので、権利関係ははっきりしますが、そもそも現金を用意することが難しいので、結局は財産を売却してそこから代償金を支払うことになるかもしれません。
場合によっては、残しておきたかった自宅の土地建物などまで失うことになりかねません。
生前贈与があった場合
生前贈与があった場合、遺留分に関する考え方は少し複雑になってきます。
遺留分減殺請求をしようとしている人が生前贈与を受けていた場合と、それ以外の人が受けていた場合とで考えてみましょう。
自分が生前贈与を受けていた場合
生前贈与に関しては、持戻の免除がなく、他の法定相続人から指摘があった場合には、贈与された額を相続財産と合わせて、法定相続分を計算します。これを、持戻といいます。
生前贈与を受けた人が多くの財産を受け、それ以外の人の取り分が不当に少なくなってしまうのを防ぐため、このような制度が設けられているのです。
もし、自分が生前贈与を受けていた場合、持戻が発生すれば、遺留分も変わり、請求をできなくなる可能性があります。
さらに言うと、持戻によって、逆に自分が他の相続人から遺留分減殺請求を受ける可能性も出てきますから、注意が必要です。
自分以外の相続人が生前贈与を受けていた場合
生前贈与と遺留分減殺請求については、次のような決まりがあります。
- 被相続人が亡くなる一年以内に生前贈与されたものに関しては遺留分減殺請求の対象になる
- 被相続人と受贈者の両方が、他の権利者の遺留分を侵害することを認識していた場合、いつの贈与でも遺留分減殺請求の対象になる
◆ケーススタディ
- 相続人:Aさん、Bさん、Cさんの3人兄弟
- 相続財産:3,000万円
- 生前贈与:BさんとCさんは、それぞれ2700万円相当の不動産をもらっている
- 相続財産を法定相続分通りに分けると、各人1,000万円ずつ
- BさんとCさんの生前贈与の分を持戻すると、財産の合計は8,400万円
- これを法定相続分どおりに分けると、各人2,800万円ずつ
- ここからAさんの遺留分を計算すると、1,400万円となる
- 1のとおりに分けた場合、[1000万円-1400万円=-400万円] となり、Aさんは400万円の遺留分が侵害されていることになる
- 従って、AさんはBさん、Cさんに遺留分減殺請求ができる
請求の方法や手順
次に、遺留分減殺請求をすることになったらどのような手順で行えば良いのか説明します。遺留分減殺請求にはいくつかの段階があり、交渉が成立しなかった場合、次のステップに進んでいくことになります。
遺留分減殺請求通知書を郵送する
遺留分減殺請求をするには、遺留分を侵害している相手に申し立てをします。口頭でも認められますが、期限を過ぎてから「請求されていない」と言われてしまう危険性も考えると、書面で通知をしておくべきでしょう。
多くの場合、内容証明郵便を使います。これは、相手に郵送したのと同じ書面が自分の手元にも残るものです。郵便局によって日付も記入され、さらに配達証明をつけることで、相手に送達された日も証明できます。これを使えば、遺留分減殺請求をしたという確実な証明になるというわけです。
内容証明郵便にかかる費用は1000円~2000円ほどです。扱っていない郵便局もあるので、事前に確認してから、発送できる支店に行きましょう。
また、インターネット上で発送できるサービスもあります。 電子内容証明郵便サービス
通知書の内容について、決まった形式はありませんが、次のような内容を盛り込むようにしましょう。
- 自分の遺留分
- 遺留分が侵害された事実。「〇月〇日付の遺言によって侵害された」など具体的に
- 遺留分の減殺を請求すること
- 支払いの期限
- 振込口座
- 自分の氏名、住所
- 相手の氏名、住所
お互いに交渉して決着がついたら、合意書を作成し、遺留分の支払いに移ります。もしもここで交渉が決裂した場合には、調停に進むことになります。
遺留分減殺調停で請求する
話し合いによって解決に至らなかった場合は、遺留分減殺調停をします。これは、調停員が間に入って行われる話し合いのことです。遺留分減殺調停をするには、相手の住所地の家庭裁判所で申し立てをする必要があります。
必要な費用は、収入印紙1200円分と、予納郵便切手にかかる数千円分、それに加えて、戸籍謄本などの必要書類を用意するときの手数料もかかります。調停によってお互いの合意が取れれば、調停調書が作成されます。これでも合意が取れなければ、訴訟を起こすことになります。
必要な書類
調停をする場合には、以下のような書類が必要になります。
- 申立書およびその写し(家庭裁判所にある書式を取り寄せて作成する)
- 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本、除籍謄本、改製原戸籍謄本
- 相続人全員の戸籍謄本
- 被相続人の子どもやその代襲者(孫)で死亡している人がいる場合、その人物の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本、除籍謄本、改製原戸籍謄本
- 不動産登記事項証明書(遺産や贈与財産に不動産がある場合)
- 遺言書の写しまたは遺言書の検認調書謄本の写し
- 相続人が父母で一方が死亡している場合には、その記載のある戸籍謄本、除籍謄本、改製原戸籍謄本
遺留分減殺訴訟を起こす
遺留分減殺訴訟は、請求する額が140万円以下の場合は簡易裁判所、それを超える場合は地方裁判所で提起します。かかる手数料は争う金額が高くなるほど高くなります。
詳しくは下の表を参照してください。

また、別途5,000~6,000円分の予納郵便切手が必要です。訴訟に発展したら弁護士に依頼することになりますから、その費用もかかります。
訴訟では、お互いの主張と根拠の立証をし、裁判所に適切な遺留分と返還方法を判断してもらうことになります。必ずしも請求がとおるとは限らず、主張と立証の内容によっては望んだ結果にならないこともあります。
必要な書類
基本的には、遺留減殺調停のときと同じ書類を用意します。訴訟では、それに加えて訴状を用意します。訴状は、弁護士に作成を依頼することもできますし、裁判所にある書類を取り寄せて自分で作成することもできます。
どういった形で遺留分を請求するのかによって少しずつ内容が異なり、金銭での返還を求める「金銭支払請求」、不動産等の返還を求める「不動産引渡請求」などがあります。
弁護士に依頼する
当事者間の話し合いで解決できればいいのですが、お金が絡む問題だけにそう簡単にいかないこともあるでしょう。その場合、弁護士に依頼して、さまざまな手続きや話し合いを行ってもらうという方法があります。
弁護士に依頼すれば、相手と直接話す必要はなくなりますし、複雑な書類の作成や、調停、訴訟の手続きなども代わりに行ってくれます。
弁護士に依頼する場合に必要な資金
弁護士に依頼する際に気になるのがその費用。弁護士によってはもちろん、どの段階で依頼するか、話し合いがどのくらい長引くか、請求額はどのくらいかによって変わってきますが、おおよそ次のような費用がかかります。
- 相談費用:依頼する前の相談にかかる費用。30分5000円ほど
- 着手金:依頼したときにかかる費用。10~30万円ほど
- 書類作成手数料:内容証明郵便などの書類を弁護士が作成した場合にかかる費用。3~5万円
- 成功報酬:遺留分が取り戻せた場合にかかる費用。取り戻せた額の10%程度
遺留分が取り戻せなかったとしても、それ以外の費用が戻ってくることはありません。弁護士に依頼する場合はそうした点も計算して考える必要があります。
遺留分減殺請求の有効期限
遺留分減殺請求には、その事実を知ってから1年間、知らなかった場合には10年間という期限が定められています。しかし、これは請求するまでの期限で、内容証明郵便が相手に届いたときに時効は停止します。
遺留分減殺請求権を行使した後は、現金のみ、10年間の時効が定められています。どんなに長引いても、10年以内に決着をつけなければならないということです。不動産と動産については特に期限が定められていないので、決着がつくまで何年でも権利を主張することができます。
遺留分減殺請求権と遺留分侵害額請求権の違い

遺留分減殺請求権では、近年行われた法改正も理解しておくべき大事なポイントです。よく似た単語である「遺留分減殺請求権」と「遺留分侵害額請求権」を混同している人もいるのではないでしょうか?
遺留分を権利として主張・請求する点では同じですが、両者の違いを理解しておくことが大切です。
遺留分減殺請求権は法改正前の制度
「遺留分減殺請求権」は、2019年7月よりも前に開始した相続に適用される制度です。遺留分を侵害された相続人が主張・請求できる権利であり、さきほど紹介した方法によって相手方に請求を行います。
なお、2019年7月よりも前に開始した過去の相続が対象なので、相続の開始をすぐに知った場合には1年の時効が既に成立しているケースも多いはずです。
ただ、2019年7月よりも前に開始した相続でも、相続が開始したことなどを知らずにいた場合は、相続開始後10年の期限を迎えるまでの間であれば遺留分減殺請求権の行使が可能となります。
遺留分侵害額請求権は法改正後の制度
「遺留分侵害額請求権」は、2019年7月以降に開始した相続に適用される制度です。遺留分を侵害された相続人が主張・請求できる権利である点は、従来の制度である「遺留分減殺請求権」と変わりません。
ただし、このあと「法改正が行われた理由」で紹介するような背景があったため、従来の制度の問題点を改善するために遺留分減殺請求権から変更されました。
法改正による変更点・共通点
「遺留分減殺請求権」から「遺留分侵害額請求権」に法律が改正された前と後では、次のような変更点・共通点があります。
変更点
大きく変わった点は次の2点です。
- 遺留分を侵害している相手方に対して、具体的に何を請求するのか
- 遺贈や贈与を受けた者の支払期限猶予制度の創設
まず1点目ですが、従来の「遺留分減殺請求権」では遺留分に相当する遺産そのものを取り戻すことを前提とした制度でした。
この点が変更されて、2019年7月以降に開始した相続に適用される「遺留分侵害額請求権」では、遺留分に相当する金銭の支払いを請求する仕組みに変わっています。
そのため、法改正後の制度では、遺産そのものが相手方から渡されるとは限りません。
2点目については、遺留分侵害額請求を受けた人に新たに認められるようになった制度です。遺留分を侵害している者がすぐに金銭の支払いができない場合には、家庭裁判所に対して支払期限の猶予を求めることができるようになりました。
共通点
時効の期限や、請求の方法として直接交渉・調停・訴訟の3つがある点は同じです。これらの点については法改正前後で大きな変更はなく、「遺留分減殺請求権」と「遺留分侵害額請求権」で基本的に同じになっています。
まとめ
遺留分減殺とは、遺留分が侵害されたときに、侵害している人からその分を取り戻すことをいいます。遺言書に書かれている内容によって遺留分が侵害されている場合はもちろん、生前贈与で著しく不利益を被っているような場合にも、遺留分減殺請求を行うことができます。
遺留分減殺請求は、まず内容証明郵便を使って相手に通知することから始めます。複雑な手続きが発生することもあるので、心配なら弁護士をはじめ、専門家に相談しましょう。遺留分減殺請求は認められるべき当然の権利です。
ただし、その一方で、家族間で荒争いになったり、余計な出費が必要になったりといったこともあります。正しい知識を身につけて、いざというときに困らないように準備しておきましょう。