元気なうちに、生前贈与で財産を移転しておきたいと考える人は少なくないでしょう。しかし、生前贈与には多くの注意点があり、一つ間違えると多額の税金がかかってしまうかもしれません。
今回は、生前贈与の注意点や相続税と贈与税との違いなどについて詳しく解説します。
生前贈与とは
生前贈与とは、贈与者が存命であるうちに家族などへ資産を移転することです。
「贈与」と「生前贈与」に厳密な違いはありません。しかし、亡くなってから相続で資産を移転することと対比して述べる場合に、「生前贈与」ということばが使われることが多いといえます。
生前贈与をする際の注意点
生前贈与をする際には、主に次の5点に注意しましょう。
- 贈与税の対象になる
- 贈与の証拠を残しておく
- 当事者が認知症になれば原則として贈与はできない
- 不動産の生前贈与は不動産取得税や登録免許税などの対象になる
- 小規模宅地等の特例の適用はない
贈与税の対象になる
生前贈与をする際には、贈与税に注意しなければなりません。贈与税とは、年間に受けたトータルの贈与額に対して、財産をもらった人が支払うべき税金です。
贈与税の基礎控除額は原則として年間110万円のみであり、何ら特例を適用せずに価値の高い資産を移転した場合には、高額な贈与税が課される可能性があります。
たとえば、親から18歳以上の子に対して評価額3,000万円の土地を生前贈与した場合の贈与税額は、次のとおりです。
- 贈与税額=(3,000万円-110万円)×45%-265万円=1,035万5,000円
このように、何ら特例を使わずに贈与をしてしまうと、かなり高額な贈与税がかかる可能性があるため注意しましょう。
贈与の証拠を残しておく
生前贈与をする際には、贈与の証拠をきちんと残しておくようにしましょう。これは、相続が起きた後などに他の相続人から、「贈与が成立していない」などと主張されるなどのトラブルを防ぐためです。
具体的には、贈与契約書を取り交わし、書面を残しておくと良いでしょう。また、金銭の贈与であっても現金で渡すのではなく、銀行口座を介してやり取りをした方が安全です。
当事者が認知症になれば原則として贈与はできない
生前贈与をするためには、双方の「あげます」「もらいます」という意思の合致が不可欠です。そのため、贈与者が重い認知症になっているなど正常な意思表示ができない状態となってしまえば、もはや有効に生前贈与を成立させることはできません。
生前贈与は、当事者が元気なうちに早めに行っておくようにしましょう。
不動産の生前贈与は不動産取得税や登録免許税などの対象になる
土地や建物といった不動産を生前贈与した場合には、上で挙げた贈与税に加えて、不動産取得税や登録免許税などの対象となります。不動産取得税とは、不動産を取得した人にかかる税金です。
令和6年(2024年)3月31日までに、贈与によって住宅用の土地建物を取得した場合の不動産取得税の税率は、原則として次のとおりです。
- 土地:固定資産税評価額×2分の1×100分の3
- 建物:固定資産税評価額×100分の3
また、登録免許税とは、不動産の名義変更にあたって法務局で支払うべき税金です。贈与の場合の登録免許税額は次のとおりです。
- 登録免許税額=固定資産税評価額×1,000分の20
なお、相続人が生前贈与ではなく相続で不動産を取得した場合には、不動産取得税はかかりません。また、登録免許税も、「固定資産税額×1,000分の4」に軽減されます。
小規模宅地等の特例の適用はない
小規模宅地等の特例とは、相続税の計算上、要件を満たすことで土地を最大8割減で評価することができる特例です。
ただし、これは相続税でのみ利用できる特例です。贈与税の計算では使うことができないことには注意が必要です。
生前贈与で贈与税を減らす方法
先ほど解説したように、何ら特例を使わずに大きな資産の生前贈与を行えば、多額の贈与税がかかってしまいます。そのため、生前贈与をする際には、何らかの形で税額の軽減を検討する必要があるでしょう。
ここでは、贈与税を軽減するための方法を紹介します。
- 年110万円の範囲で生前贈与をする
- 住宅取得等資金贈与の特例を活用する
- 教育資金一括贈与の非課税制度を活用する
- 居住用不動産の配偶者控除を活用する
- 相続時精算課税制度を活用する
年110万円の範囲で生前贈与をする
贈与税には、年間110万円の基礎控除額が設けられています。そのため、贈与を受けた人が、その年中に受けた贈与が110万円以下であれば、贈与税は課税されません。
現預金など小分けにして贈与しやすい資産を移転したい場合には、複数年に分けて少しずつ贈与をしていくことも検討すると良いでしょう。
ただし、たとえば元々トータル1,000万円を贈与するつもりで、単にこれを10年で分割払いしただけなどと税務署側から判断されてしまえば、初年度に1,000万円の贈与をしたとして贈与税が課せられてしまう可能性があります。心配である場合には、あらかじめ贈与税に詳しい税理士へ相談しておくと安心です。
住宅取得等資金贈与の特例を活用する
住宅取得等資金贈与の特例とは、親や祖父母から18歳以上の子に対して行った住宅の新築や取得に必要な金銭の贈与のうち、一定額までの贈与税が非課税となる特例です。令和5年(2023年)12月31日までにおける非課税限度額は、取得する住宅の類型に応じて、次のとおりです。
- 省エネ等住宅の場合:1,000万円
- それ以外の住宅の場合:500万円
特例の適用には受贈者や取得する住宅についてさまざまな要件がありますので、適用が可能かどうか、事前によく確認しておきましょう。
なお、この特例は、住宅を取得するための金銭の贈与のみが対象となります。親などの名義となっている土地や建物を子の名義に変える場合には使えませんので、誤解のないよう注意しておきましょう。
教育資金一括贈与の非課税制度を活用する
教育資金一括贈与とは、祖父母などの直系尊属から30歳未満の孫などに対して教育資金に充てるための金銭を一括贈与した場合、最大1,500万円までにかかる贈与税が非課税となる特例です。
制度の利用にはこの制度を取り扱っている金融機関での手続きが必要となるほか、利用にはさまざまな注意点がありますので、利用を希望する場合には金融機関の窓口などで相談をするとよいでしょう。
居住用不動産の配偶者控除を活用する
居住用不動産の配偶者控除とは、婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行われた場合、基礎控除110万円の他に最高2,000万円まで控除できるという特例です。通称、「おしどり贈与」などと呼ばれることもあります。
夫婦間で居住用不動産などを贈与したい場合には、この特例の利用を検討すると良いでしょう。
相続時精算課税制度を活用する
相続時精算課税制度とは、いわば相続税で生前贈与をすることができる特例です。相続時精算課税制度を使うことで、複数年に渡る累計2,500万円までの贈与が非課税となるうえ、2,500万円を超えた分も一律20%という比較的低い税率で課税されます。
ただし、相続時精算課税制度を使って贈与をした財産は、すべて相続税の対象になる点に注意が必要です。そのため、相続時精算課税制度は、通常、相続税の節税としては使うことができません。
この制度は、たとえば自分が存命のうちに土地を長男に贈与したいものの、相続税よりも高い贈与税がハードルとなって生前贈与に二の足を踏んでしまうという場合などには、有用なものとなります。
相続時精算課税制度を一度選択すると、二度と年110万円の基礎控除がある通常の贈与制度(「暦年贈与」といいます)には戻せないなど注意点が多いため、あらかじめ税理士に相談をしてから活用を選択すると良いでしょう。
相続税と贈与税の主な違い
相続税と贈与税は、どちらも同じ「相続税法」で規定されている税金であり、贈与税は相続税を補完する目的で設けられています。しかし、両者は課税対象などが大きく異なり、まったく別の税金であると考えるべきでしょう。
両者の主な違いは、次のとおりです。なお、ここでは相続時精算課税贈与は考慮しないものとします。
- 課税の対象
- 基礎控除額
- 適用できる特例
- 申告のタイミング
課税の対象が違う
相続税の対象は、原則として、相続が起きた際に残っていた財産です。この、遺産総額に対して相続税が課税されます。
一方、贈与税の主な対象は、贈与によりもらった財産です。これらの例外といえる代表的なものに、次の2つがあります。
1つは、死因贈与です。死因贈与とは死亡を条件として効力が発生する贈与であり贈与の一種ではあるものの、これは実質的な効果が遺言と似通っているため、贈与税ではなく相続税の対象となります。
もう1つは、相続開始直前3年以内に、被相続人から相続人などに対して行った贈与ですこれは、いったん贈与税の対象となるものの、相続税の対象として足し戻され、相続税の計算の中で精算される決まりになっています。
基礎控除額が違う
相続税の基礎控除額は、その相続全体で、次のとおりです。
- 相続税の基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人の数
一方、贈与税の基礎控除額は受贈者1人について、1年あたり110万円です。
適用できる特例が違う
相続税と贈与税とでは、適用を受けることができる特例がまったく異なります。代表的なものとしては、土地を最大8割減で評価することができる「小規模宅地等の特例」は贈与税には適用がなく、相続税でのみ適用が可能です。
相続税と贈与税とで共通して使える特例は存在しませんので、特例の利用を検討する際には混同しないように注意しておきましょう。
申告のタイミングが違う
相続税と贈与税とでは、申告や納税のタイミングも異なります。相続税の申告期限は、相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内です。
一方、贈与税の申告期限は、その年1月1日から12月31日までの贈与について、翌年2月1日から3月15日とされています。それぞれ期限に注意しつつ、遅れないように申告と納税を行いましょう。
生前贈与でよくあるトラブルと失敗例・注意点
生前贈与でよくあるトラブルや失敗例、注意点は次のとおりです。
生前贈与をした相手が自分より先に亡くなってしまう
生前贈与をする際には、相手が自分よりも長生きすることが暗黙の前提となっている場合が多いかと思います。しかし、人が亡くなる順番など誰にも確約できるものではありません。
たとえば、同居している長男に同居している家を継いでもらいたいと考えている人が、どうせ相続で長男に渡すことになるのならと考え、長男に自宅不動産を生前贈与したとします。
しかし、仮に長男の配偶者との関係がさほど良好とは言えず長男が間を取り持っているような状態なのであれば、ちょっと立ち止まって考えたほうがよいでしょう。
なぜなら、父である贈与者が同居している長男へ自宅不動産を贈与した後で、長男が父より先に他界してしまう可能性があるためです。
この場合、長男に子が1人でもいるのであれば、親は相続人にはなれません。長男の相続人は、長男の子と、長男の配偶者となります。
関係が良好ではない長男の妻は早々にその家から出て行ってしまう可能性があるうえ、仮に当面の間は問題が生じなかったとしても、その後長男の妻が再婚したタイミングや長男の子である孫が巣立ったタイミングで、家を売られてしまうかもしれません。
人の寿命ばかりは誰にもわかりませんので、仮に生前贈与で自宅を長男に渡すのであれば、万が一相続発生の順序が逆転してしまった場合に問題が生じないかどうかということまでを含めて検討する必要があるでしょう。
安易な贈与で高額な贈与税の対象となってしまう
先ほど解説したように、贈与税の税率は決して低くありません。家や土地などの財産を安易に贈与してしまえば、高額な贈与税に驚く可能性もあるでしょう。また、贈与税が高額であることが後から分かったからといって、そのことを理由に贈与を取り消せるかどうかはケースバイケースです。
贈与税がかからないなどと勘違いしていたことを理由とする贈与の取り消しは、基本的には難しいと考えた方が良いでしょう。
そのため、生前贈与をしてしまう前に、贈与税の試算をしておくことをおすすめします。自分で試算することが難しい場合や自分で行った試算に自信が持てない場合には、税理士か管轄の税務署へ相談してください。試算の結果、思いがけず高額な贈与税がかかることがわかったら、相続時精算課税制度など特例の適用を検討しましょう。
また、そもそも生前贈与の必要があるのかどうかを検討することも一つです。生前贈与をしようとしていた理由によっては、遺言書の作成など別の手段で代替できるかもしれません。
まとめ
相続税と贈与税はまったく別の税金であり、それぞれの計算方法も異なります。両者の違いをうまく活用することでトータルでかかる税金を節減することができますので、特例などをうまく活用しながら対策を行っていくと良いでしょう。