相続における「認知症対策」には何がある?

認知症対策
この記事を監修した専門家は、
牛腸真司
税理士
立命館大学卒業2011年、税理士登録。税理士登録番号は118275。2012年 東京都港区益本公認会計士事務所(現税理士法人総和)にて資産税対策専任。2015年 千葉県税理士会登録。千葉県税理士会松戸支部広報部員。

日本では高齢者の4人に1人が認知症、もしくは予備軍といわれています。
親が認知症になってしまうと、財産の管理などあらゆる面で大変な事が起こります。
本項では、認知症についての理解を深めると共に、身内が認知症になってしまった場合の対策をご紹介します。


被相続人=資産を残す人=亡くなった方
相続人=資産を受け継ぐ人=配偶者、子供、親せきなど


1.認知症とは

1-1 認知症とはどのようなものなのか

認知症は、なんらかの原因で脳内の細胞の数が減ったり、脳内の細胞の働きが悪くなったりすることで、記憶力や判断力などにさまざまな障害が起こっている状態のことをいいます。
認知「症」という名前からもわかるように、認知症自体はこうした症状を総称して呼ぶもので、病気ではありません。
また、認知症と同じ症状が出ていてもそれが軽度で、日常生活に支障を来さない場合は 軽度認知障害(MCI) に分類されます。軽度認知障害は、このまま進行すれば認知症になる状態ということです。
認知症を引き起こす病気はいくつかありますが、代表的なのはアルツハイマー病です。認知症患者の約6割がアルツハイマー病によるものだといわれています。
以下、認知症を引き起こすとされている病気について簡単にご紹介します。

アルツハイマー型認知症

認知症の原因として最も多いのがアルツハイマー病です。脳にアミロイドβやタウと呼ばれるたんぱく質がたまることで神経細胞が死に、それによって認知症が引き起こされるとされています。
記憶をつかさどっている「海馬」の神経細胞が減るので、物忘れが多くなり、さらに、道に迷う(空間見当識障害)、徘徊を繰り返す(多動)といった症状が見られます。

血管性認知症

以前、脳梗塞や脳出血を経験している、あるいは、高血圧や糖尿病、心疾患など、脳血管障害の原因となる病気を持っている人に起こりやすいのが、血管性認知症です。アルツハイマー病と併発する人が多いのも特徴です。
記憶障害や言葉の障害、計画を立てて行うことについての障害の他、手足が動かしづらくなる、感情のコントロールを失う、夜になると人が違ったようになる(夜間せん妄)といった症状が出ます。

レビー小体型認知症

レビー小体病は、レビー小体という特殊なたんぱく質が脳に集まって引き起こされる病気です。大脳皮質や脳幹の働きが弱くなり、初期症状としては、物忘れよりも、幻視や誤認行動(現実の状態を正しく把握できない)が多いという特徴があります。
アルツハイマー型認知症に次いで多く、全体の約2割がこれにあたります。また、男性の方がレビー小体型認知症になりやすく、女性との差は約2倍といわれています。

前頭側頭型認知症

なんらかの原因で前頭葉と側頭葉が委縮することで起こる認知症です。同じ言葉や行動を繰り返す、同じものを食べたがったり冷蔵庫をあさったりといった食行動の異常、集中力や自発性がなくなる、万引きやルールの無視といった反社会的行動などの症状が見られ、物忘れ自体はそれほど多くはありません。
患者数は最も少なく、唯一、有効な薬がまだ出ていないものでもあります。

1-2 認知症になる確率

内閣府の発表によると、2012年時点で認知症の患者数は462万人です。
同年の高齢者(65歳以上)の人口は3079万人ですから、およそ7人に1人が認知症ということになります。また、軽度認知障害(MCI)については約400万人とされており、認知症と合わせると4人に1人が何らかの障害を抱えているということになります。
さらに、高齢者の数が多くなること、糖尿病や高血圧などの患者が増え血管性認知症のリスクが高まること、などから今後、認知症の患者数はどんどん多くなっていくと予測されています。
以下の予測に基づくと、2025年には65歳以上の5人に1人は認知症になるといわれています。

※出典:内閣府HP

1-3 症状の例

認知症の症状をまとめると、次のような症状が見られます。
● 記憶障害(物忘れ)
● 判断能力の低下
● 道に迷う、人の顔が見分けられなくなるなどの認知障害
● 徘徊や同じ行動の繰り返し、冷蔵庫をあさるなどの異常行動
● 感情のコントロールを失い、些細なことで激昂したり泣いたりする
● 運動能力の低下
これらのうち複数が当てはまる、もしくは当てはまるのは1つでも、日常生活に支障をきたすような場合には、認知症であると判断されます。

認知症と加齢による物忘れの違い

では、認知症と加齢による物忘れの違いはなんでしょう。
人は年をとると脳の機能が弱り、段々と物事を思い出すのが苦手になっていきます。その結果、やらなければいけないことをうっかり忘れてしまったり、物をどこにしまったかがわからなくなったり、とっさに言葉が出てこなかったりといったことが起こります。
こうした加齢による物忘れと認知症との最大の違いはそれをしたことを覚えているかどうかという点にあります。
たとえば、何かを片付けたとき、確かに片付けたのは覚えているけれどどこにしまったのか忘れてしまったというのは、単なる物忘れです。高齢者でなくても、「あれどこにやったっけ?」という経験がある人は少なくないでしょう。
一方、認知症の場合は、それを片付けたという事実そのものを覚えておくことができません。
ですから、あったものが突然なくなってしまったように感じられるわけです。これがひどくなって日常生活に支障をきたすようになると、認知症の疑いが強くなります。

加齢による物忘れ 認知症による記憶障害
自覚がある 自覚がない
体験したことの一部を忘れる 体験したこと自体を忘れる
ヒントやきっかけがあれば思い出す ヒントやきっかけがあっても思い出せない
日常生活に支障はない 日常生活に支障を来す
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2.相続になった場合に起こること

認知症と相続について考える時、2つのパターンを想定することができます。
(1)資産を残す被相続人が認知症になったパターン
(2)資産を受け取る相続人が認知症になったパターン
です。
相続と認知症というと(1)の方が考えられがちですが、高齢化社会の影響により、相続人が高齢者であるというケースが多く、(2)のパターンも頻繁に起こっています。

2-1 被相続人が認知症だった場合

① 遺言の効力について

被相続人が認知症になってしまうと、それ以降、遺言書を書くことはできないようにも思われますが、特定の条件下であれば、認知症の状態でも効力のある遺言書を書くことができるのです。
それを定めるのが民法973条で、次のように書かれています。

1.成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。
2.遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければならない。ただし、秘密証書による遺言にあっては、その封紙にその旨の記載をし、署名し、印を押さなければならない。

これを整理すると、次の条件を満たしていれば、その遺言書は有効ということになります。
● 判断能力を一時回復したときに書かれた
● 2人以上の医師の立ち会いがある
● 立ち会った医師が「遺言書を書くとき、本人に判断能力があった」旨を遺言書に記し、署名捺印をする

② 遺言の内容についての争い

①のように認知症であっても、医師立ち会いのもと法律に則り作成しているのであれば、その遺言書は効力を発揮します。
しかし実際現実には、そこまで手間をかけて遺言書の作成を行う家庭は多くはないでしょう。
そこで起こりやすい1つの問題が「遺言書の有効性」をめぐる論争です。
たとえば、認知症の初期に家族の立ち会いのもと遺言書が書かれたとします。しかし、それは本当に有効だといえるでしょうか。
初期状態だからといって、作成したときにしっかりした判断能力があったとは断定できませんし、一部の相続人の立ち会いでは、他の相続人に不利な内容が作成されていないとも限りません。
もし、遺言書の内容が自分にとって不当に不利なもので、それが認知症などの理由によるものだと考えられる場合、その相続人は、遺言書の無効性を主張できます。
無効性を主張するには、まず家庭裁判所に家事調停を申し立てます。
もし調停でも解決できなかった場合、遺言無効確認訴訟を提起します。
ここで遺言書が無効という判決が下されれば、その遺言書は効力を失い、相続は遺産分割協議によって行われることになります。

2-2 相続人が認知症になってしまった場合

相続が発生し、配偶者、子供、あるいは親、兄弟姉妹の中で法定相続人が決まりますが、その法定相続人の中に、認知症患者が居た場合に起こることをご紹介します。

① 遺産分割協議ができない

遺産分割協議とは、遺言書がない、もしくは遺言書の内容に不満があるといった場合に、遺産の分割方法を決める話し合いのことです。
遺産分割協議は、必ず全ての相続人が参加しなければなりません。また、協議で決定した内容を記した遺産分割協議書には全ての相続人の署名捺印が必要とされます。
しかし、相続人の中に認知症患者がいた場合、当然ながらその人には法的能力がないとされてしまいます。
もし遺産分割協議を行って協議書に署名捺印したとしても、法的能力のない人がいる以上、相続人の全員が納得したとは認められず、無効になってしまうのです。

② 成年後見制度を利用する必要がある

成年後見人制度は、認知症などによって判断能力が低下した人が不当な不利益を被ることがないようにするための制度です。具体的には、家庭裁判所に申立てをし、後見人がつくという形になります。
後見人は判断能力が低下した本人に代わって財産の管理を行うことができ、遺産分割協議にも参加することができます。
成年後見制度には、次の2つの種類があります。
1.任意後見:後見人を自分で選ぶ
2.法定後見:家庭裁判所が選定した人が後見人となる
1.任意後見は、後見人を自分で選べる制度ですが、本人に法的能力があるうちに公証役場で任意後見契約をしておく必要があります。ですから、認知症になってしまった場合は任意後見制度は使えません。
2.法定後見は、後見人の候補者を出して、その中から家庭裁判所が適切な人を選ぶという方式をとります。ただし、適切な候補者がいない場合には、家庭裁判所が選定した弁護士が後見人となり、多くの場合、家庭裁判所が選定した弁護士が後見人となります。

③ 法定後見制度の利用方法

法定後見人制度を利用するには、家庭裁判所への申立てが必要です。必要書類が多く、手続きも煩雑になりがちですから、一つ一つ確認していきましょう。

▪︎申立てをする裁判所

法定後見制度では、本人の住所地の家庭裁判所に申し立てます。

▪︎申立てできる人

申立てができるのは、本人・配偶者・4親等内の親族等・市町村長です。4親等というと、直系では、玄孫(曾孫の子)や曾祖母の父母までが含まれます。他にも、本人のいとこや甥姪、配偶者の曾孫から曾祖母、配偶者の兄弟姉妹、甥姪、おじ・おばも対象です。

▪︎必要書類

必要書類は以下のとおりです。
・申立て書類(家庭裁判所から取り寄せる)
 - 申立書
 - 申立事情説明書
 - 親族関係図
 - 本人の財産目録及びその資料 (不動産登記簿謄本(全部事項証明書)、預貯金通帳のコ ピー等)
 - 本人の収支状況報告書及びその資料 (領収書のコピー等)
 - 後見人等候補者事情説明書
 - 親族の同意書
・ 本人及び後見人等候補者の戸籍謄本(本人と後見人等候補者が同一戸籍の場合には1通)
・ 本人及び後見人等候補者の住民票(世帯全部、省略のないもの。本人と後見人等候補者が同一世帯の場合 には1通)
・ 本人の成年後見に関する登記事項証明書(登記されていないことの証明書)
・ 診断書(成年後見用)、診断書付票
・ 費用(申立て書と一緒に納めるもの)
 - 収入印紙、約800円分(申立て費用)
 - 収入印紙、約3000円分(登記費用)
 - 郵便切手、約3000円分

▪︎申立てをしてからの流れ

必要な書類をそろえて家庭裁判所に申立てをすると、審査が始まります。診断書とは別に主治医による鑑定が行われることがほとんどで、この場合は鑑定料がかかります。
審査が終わると後見人が選任されます。複数の後見人が選ばれることもありますし、別途、監督人が選ばれることもあります。申立てをしてから後見人の選任までには1~2ヶ月かかります。

▪︎かかる費用

法定後見を利用する場合にかかる費用は次のとおりです。
・ 申立て:約7000円(裁判所によって異なります)
・ 鑑定費用:担当医師の決めた金額。5~10万円(鑑定がない場合は不要)
・ 監督人への費用:月額1~3万円(財産価額によって変動。つかない場合は不要)
・ 後見人(弁護士)への費用:基本報酬2万円、月額3~6万円(財産価額によって変動。つかない場合は不要)
後見人が候補者の中から選ばれた場合、後見人に対する費用はかかりません。
ただし、先ほども申した通り、多くの場合、弁護士が後見人になるため、費用がかかることになります。

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3.生前に行うべき認知症を想定した相続対策

2章では、被相続人または相続人が認知症になってしまった時に起こってしまうことを説明しました。
では、認知症になってしまうという可能性が高い状況の中で、準備できること、対策として打っておけることはあるのでしょうか。

3-1 任意後見制度について

相続人が認知症患者だった場合、成年後見制度を利用する必要があるとお話ししました。
また、成年後見制度は2種類あるが、認知症になってからだと、法定後見制度しか利用できないとお伝えしました。
法定後見制度を利用したとしても、申立てから後見人の選任まで1~2ヶ月かかり、その間は相続手続きが進められないなどの問題が生じます。
そうした問題を回避するための備えとしてぜひ利用したいのが、任意後見制度です。これは、本人の法定能力があるうちに後見人を選任、公証役場に登録しておく制度です。
本人が元気なうちは本人が財産管理を行い、認知症などで判断能力が低下したときに初めて後見人に管理権が移ります。
任意後見制度の優れた点は、なんといっても本人が信頼できる人に後見人を任せられることです。
また、法定後見制度では、誰が申立てをするのか、誰が後見人になるのか、誰が費用を負担するのかといったことも問題になってきますが、事前に後見人を決めておけばこれらの問題も回避できます。
さらに、法定後見人に適切な候補者がいないときは弁護士が選任されますが、この場合、毎月少なくない額を支払わなければならなくなりますし、財産管理において本人の意向が反映されづらくなってしまいます。
その点、任意後見制度では監督人は付きますが、法定後見に比べて費用を安価に抑えることが可能です。

3-2 日頃からのコミュニケーションの重要性

認知症になった場合に起こること、対策など様々なことを述べてきましたが、1番の大事なのはこのことかもしれません。
高齢者の親などがいる場合は、日ごろからしっかりとコミュニケーションをとっておくことが何よりも大切です。
両親と特に離れて暮らしている場合などは、定期的に顔を合わせる機会を作るようにしましょう。また、直接会うことができなくても、電話などで「会話」をすることが重要です。
コミュニケーションをとることで意思をしっかり共有できるのはもちろん、認知症の症状が現れたときに、早期に気付くことができます。発見と対処が早ければ早いほど認知症の進行は抑えられるといわれていますから、早期発見はとても重要です。
離れていると「まだまだ元気」と考えがちですが、意識してコミュニケーションの機会をつくることは、相続はもちろん、長く元気で生きるためにも大切なことなのです。

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まとめ

日本では高齢者の7人に1人が認知症で、さらにその手前の軽度認知障害(MCI)も合わせると4人に1人が、認知に関してなんらかの障害を持っているということになります。
この割合は今後ますます増えていくことが予想されており、まさに誰でもなり得るものだといえるのです。
認知症になると法的能力が認められなくなるので、遺産分割協議ができず、法定後見人を立てためには煩雑な手続きが必要となります。
今は元気だからと対策を後回しにしていると、後のち、自分だけでなく、自分の子どもや親族に面倒をかけることになりかねません。元気なうちに任意後見人を立て、いざというときに備えておきましょう。

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この記事を監修した専門家は、
牛腸真司
税理士
立命館大学卒業2011年、税理士登録。税理士登録番号は118275。2012年 東京都港区益本公認会計士事務所(現税理士法人総和)にて資産税対策専任。2015年 千葉県税理士会登録。千葉県税理士会松戸支部広報部員。