相続手続きは相続人本人が通常は行いますが、代わりに「特別代理人」が手続きをする場合があります。
相続開始後に相続人本人が手続きをできないケースでは、特別代理人を選任しなければなりません。
そこで、この記事では特別代理人の選任が必要になるケースや選任の手続きについて解説します。
特別代理人の選任が必要になるケースは多いわけではありませんが、相続が開始したときに慌てないためにも、相続における特別代理人の位置付けや役割を確認しておきましょう。
目次
特別代理人とは

家族が亡くなって相続が開始すると、遺産相続のためのさまざまな手続きが必要になります。
そして、相続関連の手続きは、遺産を相続する権利を持つ相続人自身が行うことが基本です。
しかし、相続が開始したときの状況によっては、相続人本人が手続きをできない場合があります。
たとえば、相続人が未成年で、民法で法律行為ができない者として規定されている未成年者に該当するために、相続手続きをできないケースです。
このとき、通常は親権者である親が代理で相続手続きを行いますが、親も相続人のケースでは、親と子で遺産相続を巡って利害関係が対立する状態なので、親は子の代理人にはなれません。
このように、通常の代理人が何らかの事情で代理できない場合などに、特別に選任されて代理人として相続手続きを行うのが「特別代理人」です。
相続で特別代理人の選任申立てが必要になるケース

相続で特別代理人の選任が必要になる主なケースとしては、次の3つが挙げられます。
- 親と未成年者が相続人になる場合
- 相続人になる未成年者が複数人いて親権者が同じ場合
- 成年被後見人と成年後見人が相続人になる場合
ケース①:親と未成年者が相続人になる場合
民法では、未成年者は法律行為をできないと規定されています。
そのため、未成年者が相続人になるケースでは、未成年者自身が遺産分割協議に参加したり各種相続手続きをすることはできません。
そこで、通常は親などの親権者が、相続人である未成年者に代わって手続きを進めます。
しかし、未成年者だけでなく親も相続人のケースでは、親が未成年者の代わりに相続手続きをすることはできません。
たとえば、未成年者である子の代理と称して子が遺産を放棄するように親が手続きを進めて、子のためではなく親自身がより多くの遺産を相続できるように手続きを進める可能性があるからです。
もちろん、実際には子に損害を与えようと考えて悪意を持って代理をする親は少ないと思いますが、法律上はこのように利害関係が対立する人が代理人にはなれないことになっています。
そのため、親と未成年の子の両方が相続人の場合には、親は子の代理人にはなれません。
そこで、親とは別に代理人を立てる必要があり、裁判所で手続きをして特別代理人を選任します。
なお、親と子が相続人になるケースであっても、親が先に相続放棄をして相続人ではなくなっている場合には、子を代理できるので特別代理人を選任する必要はありません。
ケース②:相続人になる未成年者が複数人いて親権者が同じ場合
未成年者は相続人で親は相続人ではないケースでは、親は子の代理人として相続手続きを行えます。
しかし、たとえば、親が相続人ではなくても、その子AとB(ともに未成年者)が相続人になる場合、親がAとBの両方を代理することはできません。
Aの代理人としてAに有利になるように遺産相続手続きをすればBが不利になり、その逆もまた同じなので、同時にAとBの2人の代理人になって手続きを代理することはできないからです。
そのため、このようなケースでも特別代理人の選任が必要になります。
ケース③:成年被後見人と成年後見人が相続人になる場合
成年被後見人についても、未成年者と同様に法律行為が制限されています。
成年被後見人が相続人になるケースでは、通常は成年後見人が代わりに相続手続きを行いますが、成年後見人も相続人のケースでは、利益相反となるため代理ができません。
そのため、認知症を発症しているなど成年被後見人になっている人が相続人になるケースでは、特別代理人の選任が必要になるので裁判所に選任の申立てを行います。
ただし、成年後見監督人がいる場合には、成年後見監督人が代理で相続手続きを進められるので、特別代理人を選任する必要はありません。
特別代理人の職務

特別代理人は、未成年者や成年被後見人などの相続人に代わって相続手続きを進めます。
ただし、代理できる行為は裁判所の審判によって決められた事項に限られるため、審判に記載のない行為については代理できません。
特別代理人が職務として担当する行為としては、一般的に次のものが挙げられます。
- 遺産分割協議への参加
- 遺産分割協議書への署名・押印
- 相続登記など遺産の名義変更手続き
なお、上記で「遺産分割協議への参加」とありますが、後述するように、特別代理人の選任の申立てを裁判所にする時点で遺産分割協議書の案をすでに提出しています。
そのため、特別代理人と他の相続人の間で遺産分割協議をイチから開始したり、遺産分割の方法について協議するわけではありません。
基本的には、形式的な意味で遺産分割協議に参加して遺産分割協議書に署名・押印することが、特別代理人の職務です。
そして、家庭裁判所で決められた行為が終了したら、特別代理人の任務は終了します。
特別代理人には誰がなれる?

特別代理人には、代理される未成年者や成年被後見人と「利害関係がない人」であればなることができます。
特別代理人になるために何か特別な資格が必要ということはありません。
そのため、たとえば親も未成年の子も相続人のケースでは、家庭の事情などをよく理解している他の親族が子の特別代理人になれば、何かと手続きを進めやすくなるでしょう。
ただし、特別代理人として適任かどうかは、家庭裁判所が最終的に判断します。
親権者または利害関係人が選任の申立てをする際、裁判所に提出する申立書には特別代理人の候補者を記載する欄がありますが、必ずしも記載した候補者が特別代理人になるとは限りません。
候補者が適任ではないと裁判所が判断した場合には、裁判所が指定する弁護士などが特別代理人になることもあります。
特別代理人の選任手続き

相続開始後に特別代理人の選任が必要になった場合、家庭裁判所で選任の手続きを行います。
選任の申立てをできるのは、親権者または利害関係人です。
ここでは、特別代理人の選任の手続きの流れや必要な書類、書類の提出先を紹介していきます。
- 遺産分割協議書の案を作成する
- 特別代理人選任申立書を作成する
- その他の必要書類を揃える
- 管轄の家庭裁判所に書類を提出する
ステップ①:遺産分割協議書の案を作成する
特別代理人の選任の申立てをする際、家庭裁判所に遺産分割協議書の案を提出する必要があります。
申立てをするときには特別代理人の候補者を申立書に記載して裁判所に申請しますが、候補者が適任なのかどうかを、遺産分割協議書の案の内容を確認した上で裁判所が判断するからです。
そのため、選任の申立てをする段階で、遺産分割協議書の案ができている必要があります。
そこで、相続が開始したら、まずは相続財産調査をして遺産分割協議書に記載する遺産を把握し、戸籍を収集して相続人調査を行って遺産分割協議の対象者を把握しましょう。
なお、相続財産調査や相続人調査は、相続に慣れていない人が自分でやると時間がかかります。
遺産分割協議書の案を作成する際には専門的な知識が必要になるので、相続開始後に必要になるこれらの手続きは、弁護士など相続の専門家に相談・依頼して進めるのが良いでしょう。
ステップ②:特別代理人選任申立書を作成する
特別代理人を選任するには、家庭裁判所に「特別代理人選任申立書」を提出する必要があります。
申立書の用紙は以下の裁判所ホームページからダウンロードが可能です。
- 特別代理人選任の申立書(遺産分割協議)(裁判所ホームページ)
申立書1枚目の記入方法

収入印紙800円分を貼付して、申立てをする裁判所の名称や日付、申立人の氏名を記入したら押印欄に押印します。
提出する添付書類にチェックを入れて、申立人と未成年者に関する情報(住所や氏名など)を記入してください。
なお、成年被後見人が相続人の場合には、用紙内の「未成年者」を二重線で消して「成年被後見人」と記載し、訂正印を押します。
申立書2枚目の記入方法

申立書の2枚目は、誰と誰の利益が相反しているのかやその詳細な内容、特別代理人の候補者を記入する用紙になります。
たとえば、親と子がどちらも相続人になるケースでは、上記の記入例のように記入してください。
ステップ③:その他の必要書類を揃える
特別代理人の選任の申立てをする際には、特別代理人選任申立書や遺産分割協議書の案のほかに、以下の書類が必要になります。
- 未成年者の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 親権者又は未成年後見人の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 特別代理人候補者の住民票又は戸籍附票
- 利益相反に関する資料(遺産分割協議書案等)
- (利害関係人からの申立ての場合)利害関係を証する資料
なお、審理に必要な場合には、上記の書類のほかにも裁判所から追加で書類の提出を求められることがあります。
ステップ④:管轄の家庭裁判所に書類を提出する
申立書と必要書類を揃えたら家庭裁判所に提出します。
提出先は、子や成年被後見人の住所地の家庭裁判所です。
なお、管轄の裁判所を調べたい場合には、以下の裁判所ホームページで確認できます。
- 裁判所の管轄区域(裁判所ホームページ)
特別代理人の選任にかかる費用相場

最後に、特別代理人の選任手続きでかかる費用についても確認しておきましょう。
親権者または利害関係人が特別代理人の選任の申立てをする際、次の費用がかかります。
- 収入印紙800円分(子1人につき)
- 連絡用の切手
切手の金額や必要枚数は裁判所によって異なる場合があるので、申立てをする家庭裁判所に直接確認してください。
また、このほかの費用としては、戸籍謄本などの必要書類を揃える際に、各書類の発行費用として数百円ずつの費用がかかります。
さらに、特別代理人の選任手続きを弁護士などの専門家に依頼する場合は、別途報酬の支払いが必要です。
まとめ
未成年者と親、成年被後見人と成年後見人がともに相続人になるケースでは、相続開始後に特別代理人の選任の手続きを行います。
利害関係があると親や成年後見人は代理人になれず、別の人が代理人になる必要があるからです。
特別代理人の選任の申立ては、子や成年被後見人の住所地の家庭裁判所に対して行います。
申立てをする際には申立書や遺産分割協議書の案などを提出しますが、手続きの流れや必要書類については、事前に家庭裁判所に確認するようにしましょう。