葬儀や法要の終了時には、故人の供養と参列者へのおもてなしを兼ねて会食の場が設けられますが、この会食は「献杯」の掛け声で開始されることをご存知でしょうか?
この献杯は普段の生活では使用する機会が少なく、それだけに初めて耳にした方にとっては疑問が残ることばです。
そこで、ここでは献杯の意味を説明しながら、併せて「乾杯との違い」「献杯挨拶の文例」「マナー・注意点」などについて解説します。
献杯とは

献杯は葬儀や法要が終わった後に行う会食の場で、故人への敬意や哀悼の意を表すために酒の注がれた盃を差し出して捧げる行為です。
また、この行為は仏事以外でも、故人の友人・知人が集まり亡くなった方を偲んで行うこともあります。
なお、献杯の際の飲み物は日本酒となるケースが一般的ですが、「ビール」「ワイン」「ソフトドリンク」などで行っても問題はありません。
献杯は宗教儀式ではない
このように、仏事と関連して行うことが多い献杯ですが、この作法は宗教儀式ではなくあくまで慣習として行う行為です。
そのため、葬儀や法要後の会食時に必ず献杯を行うわけではありません。
特に、仏教の中でも浄土真宗では献杯を行う慣習はなく、また仏教以外の宗教でも献杯を行うことはないのです。
献杯と乾杯の違い
献杯とは反対に祝いの席で行う乾杯は、次の手順で宴席の開始を表すために行う行為です。
- 片手に持った盃を高くかかげる
- 会場にいる方は大きな声で「乾杯」と発声する
- その盃を他の方と打ち合わせる
- 盃に口をつけて拍手をする
献杯では、このような「動作」「発声」「拍手」をすることはありません。
献杯のやり方については、以下の「献杯の挨拶の手順」の中で詳しく解説していますのでそちらをご覧ください。
献杯挨拶の内容
献杯は遺族代表者の挨拶の後に行いますが、この際の挨拶は次の内容と順序で行います。
- 自己紹介
- 故人の生前のエピソード
- 亡くなったことに対する心境
- 献杯発声
- 参列者へのお礼
献杯の挨拶を行う人物

献杯を行う人物は、葬儀の喪主が行うというイメージがありますが、実はこれに明確な決まりはありません。
葬儀責任者である喪主や、遺族の代表格となる長男が務めることが一般的ですが、その他の親族や故人の友人・知人などが行うことも少なくありません。
また、地域によっては献杯の挨拶を菩提寺の住職が務めることもありますので、献杯に関する慣習は事前に確認しておく必要があります。
なお、この献杯挨拶を行う人物を選ぶのは喪主の務めです。
献杯挨拶を依頼したい人物が決まれば、葬儀日時を知らせる際に前もってその旨を伝えましょう。
献杯の挨拶を行うタイミング

先ほど解説したように、献杯の挨拶は葬儀や法要後の会食が開始される際に行いますが、その状況は次のとおりです。
ここでは、献杯を行うタイミングを解説しながら、葬儀後に行う精進落としと法要後に行うお斎(おとき)について解説します。
葬儀後の精進落とし
献杯の挨拶は、葬儀後に行う精進落とし開始時に行います。
この精進落としは、火葬場から遺族が戻ったタイミングで行うことが一般的ですが、本来は初七日法要が終わった後に行う会食を指しています。
精進落としとは
先ほどの解説のとおり、本来の精進落としとは故人の死後7日目に開催する初七日法要終了時に行う会食です。
しかし、現在では葬儀の数日後に再び法要を行うことが難しいため、葬儀当日に「繰り上げ初七日法要」としてこの法要を営むことが一般的となりました。
このような法要の流れの変化から、本来は故人の死後7日目に行う精進落としですが、現在では葬儀当日に行うことが多くなっています。
法事後のお斎(おとき)
献杯の挨拶は、法事終了後に行うお斎開催時にも行います。
法事にはさまざま種類があり、故人の命日からの日数により開催される種類や規模が異なります。
小規模な法事ではお斎を行わないケースもありますが、本来は法事のたびに設けることが理想です。
お斎とは
お斎とは、法事に参加して頂いた参列者や読経を頂いた僧侶に対して感謝の気持ちを伝え、故人を供養する目的で行う会食です。
ただし、この慣習はお住まいの地域によっては若干異なり、僧侶はお斎には参加しないとする地域もあります。
このような場合は、僧侶へのお布施に加えて5,000円から1万円ほどの御膳料をお渡しするのがマナーです。
法事における地域の慣習に不安な場合は、事前に親族の年長者や葬儀会社に確認しておきましょう。
献杯の挨拶の手順

慶事の席で行う乾杯の音頭を間違えても、その場の和やかな雰囲気でさほど問題にはなりませんが、仏事の際に行う献杯の挨拶の手順を間違ってしまうとこれは大問題です。
ここでは、献杯の挨拶に間違いがないようその手順を解説します。
葬儀の終了
葬儀が終わり、遺族や参列者が精進落としの席についたら献杯を行います。
遺族は故人へお酒を捧げ、参列者は献杯の挨拶に備えて周囲の方の盃にお酒を注ぎ合いましょう。
進行役から献杯を即される
進行役から献杯を即されたら、献杯挨拶を行う人物は会場の前に移動して盃を手元におきます。
その後、参列者へ向けて一礼をした後に献杯挨拶を行いましょう。
献杯を行う
献杯挨拶が終われば、遺族や参列者へ向けて盃を持つよう促します。
その場の方全員が盃を持ったことを確認したら、盃を胸の高さに持ち上げ「献杯」と発声しましょう。
なお、この発声の際には頭を少し下げ声の抑揚を抑えるのがマナーです。
慶事の「乾杯」発声とは真逆のマナーとなるため注意が必要です。
献杯終了
献杯が終われば参列者へ向けお礼のことばを述べ、祭壇や故人の遺影に向けて一礼した後にご自身の席に戻ります。
それ以降は他の参加者と同様に会食を行いますが、挨拶を行う人物が遺族の場合は、法事に参加してくれた方をもてなすためお酌をして回るなどを行いましょう。
【関係性別】精進落としの献杯挨拶の文例

献杯挨拶は、儀式の種類や故人との関係性によっていくつかのパターンに分かれます。
ここでは、精進落としの際の献杯挨拶の文例を、故人との関係性別に紹介します。
喪主が行う場合
喪主を務めました○○(挨拶を行う人物の名前)と申します。
本日はお忙しい中、○○(亡くなった方の名前)の葬儀にお越しいただきまして誠にありがとうございます。
おかげさまで無事に葬儀を終えることができ、故人も今ごろ安心しているのではないかと思います。
あらためまして、これからも皆様方のご支援やご協力を頂ければ有り難く存じます。
それでは献杯の御唱和をお願いいたします。
献杯。
親族が行う場合
故人の長男の○○(長男の名前)でございます。
2日間にわたり、皆様方のご参列ありがとうございました。
突然の逝去でまだ心もとない気持ちもありますが、残された家族一丸となり母を支えながら頑張っていく所存でございます。
この席では、私たち家族が知らない父の思い出話でもお伺いしたく思っております。
それでは献杯のご唱和をお願いいたします。
献杯。
友人・知人が行う場合
〇〇(故人の名前)さんの友人の○○(友人の名前)です。
○○さん(故人の名前)とは学生時代からの長い付き合いで、高校卒業後も親交を持ち続けておりました。
社会人となってもお互い時間を作っては酒を酌み交わし、仕事や家族のことを報告し合ったことが思い出されます。
このたびは突然のことで本当に残念でなりませんが、今日はご家族と親交のあった皆様に囲まれ、故人も喜んでいるのではないでしょうか。
どうぞ安らかにお眠りください。
献杯。
会社の上司が行う場合
ただ今ご紹介いただきました、株式会社○○(会社名)の◯◯(挨拶を行う方の名前)でございます。
会社では彼が課長、私が部長として同じ部署で業務に励んで参りました。
○○さん(故人の名前)はその丁寧な仕事ぶりと周囲への気遣いで、これまで多大な業績を会社に残してきた人物です。
それだけに、今回の突然の出来事が残念でなりません。
それでは、ここに故人を偲び献杯を行いたいと思います。
献杯。
【関係性別】お斎の献杯挨拶の文例

お斎の際に行う献杯挨拶も、故人との関係性によって内容が異なります。
ここでは、法事終了後に行うお斎の際に行う献杯挨拶の文例を故人との関係性別にご紹介します。
喪主が行う場合
本日はお忙しい中、亡き妻○○(故人の名前)の四十九日法要にお越しいただきましてありがとうございます。
おかげさまで法事の全てを滞りなく行うことができ、妻も安心しているのではないかと思います。
この席では皆様の近況や故人との思い出話を伺いながら、食事ができれば思っております。
それでは皆様、故人を偲び献杯のご唱和お願いいたします。
献杯。
親族が行う場合
○○(故人の名前)の長女○○(長女の名前)でございます。
本日はご多用の中、亡き父の一周忌法要にお集まりいただきましてありがとうございます。
おかげ様をもちまして、無事法要を取りおこなうことができました。
この席では、私たち家族が知らない父の思い出話でもお伺いしたく思っております。
それでは献杯のご唱和をお願いいたします。
献杯。
友人・知人が行う場合
この度は四十九日の法要にお招きいただき、ありがとうございます。
ご紹介いただきました◯◯(挨拶を行う方の名前)です。
○○(故人の名前)君とは大学時代からの親友で、お互いにサークル活動などを通していつも一緒に学生時代を過ごして参りました。
あれからかなりの時間が経過しましたが、○○(故人の名前)君との思い出は、今でも昨日のように思い出すことができます。
本日は、懐かしい仲間と酒を酌み交わしながら故人を偲びたいと思います。
それでは献杯のご唱和をお願い致します。
献杯。
会社の上司が行う場合
ご参列者の皆さま、この度はお疲れ様でございます。
ご紹介に預かりました、○○株式会社営業部の○○(挨拶する方の名前)と申します。
○○(故人の名前)君は私の部下として、入社以来いつも私をサポートしてくれました。
その柔和な人柄と真面目な性格は、社内はもとより取引先からの信用も厚く、それだけに今回の急な出来事が残念でなりません。
また、ご家族のことを思うとその無念さは計り知れません。
それでは、○○(故人の名前)君を偲び、献杯のご唱和をしたく存じます。
献杯。
献杯の挨拶を行う際のマナー・注意点は?

冒頭でも解説したように、葬儀や法要の会食開始時に行う献杯の挨拶は宗教行事ではありません。
しかし、たとえこの挨拶が宗教行事ではなくても仏事の最中に行うことに変わりはなく、それだけに作法やしきたりは守らなければなりません。
そこで、ここでは献杯の挨拶を行う際のマナー・注意点を解説します。
献杯を行う人物は、ここで紹介する正しい振る舞いで献杯の挨拶を努めましょう。
乾杯との動作の違いを確認する
「献杯の挨拶の手順」の中でも解説したように、献杯は乾杯とは全く異なる動作をするため、盃を高く掲げて打ち合わせるようなことはありません。
また、大きな声で行う唱和や飲み干した後の拍手なども献杯時には不要です。
献杯の挨拶を行う方は、慣れない大役の緊張感からついうっかりこの動作を取り違えてしまうことがありますが、これはとても失礼な行為です。
献杯を行う際には、今一度動作を確認しておくことをおすすめします。
献杯と乾杯の動作の違い一覧
献杯と乾杯の動作を取り違えてしまうことは重大なマナー違反です。
厳かな会場の雰囲気を一瞬で不穏な空気に変えてしまうため、絶対にあってはなりません。
そこで、ここでは献杯と乾杯の動作の違いを一覧として記載します。
献杯の挨拶を行う方はこちらの表を確認して、献杯の動作を再認識して挨拶に臨みましょう。
動作の種類 | 献杯時 | 乾杯時 |
---|---|---|
発生する言葉 | 献杯 | 乾杯 |
発声時の声のボリューム | 落ち着いたトーンで控えめな声で | 大きく元気な声で |
盃の扱い | 互いに盃は打ち鳴らさない | 互いに盃を打ち鳴らす |
盃を上げる高さ | 胸の高さ程度まで上げる | 顔の高さ程度まで上げる |
挨拶時間は1分を目安とする
献杯の挨拶はその内容はもとより時間も重要です。
料理や飲み物を前に、参列者を待たせる程に長い挨拶はマナー違反です。
挨拶時間は1分を目安とし、内容はできるだけシンプルな構成にするべきでしょう。
挨拶は故人を偲んだ内容する
献杯は故人を偲び敬意を表すために行う動作です。
そのため、この献杯の挨拶も故人を偲んだ内容にするのがマナーとなります。
挨拶の冒頭ではご自身の自己紹介を行い、故人との生前の出来事やお悔みの言葉を述べるのが一般的な献杯挨拶です。
忌み言葉の使用は絶対に避ける
献杯の挨拶を行う方は、縁起の悪い言葉とされる忌み言葉の使用は厳禁です。
この忌み言葉とは、「くれぐれも」「ますます」「たびたび」など同じ音を繰り返す言葉で、これらの言葉は不幸事が繰り返すことを想起させるため、献杯の挨拶の中で使用することはできません。
また、直接「死」を連想させる、「亡くなる」「死ぬ」「消える」なども忌み言葉に含まれるため使用は控えましょう。
挨拶中は食事に手をつけない
会食時には着席した目の前にお膳や飲み物が並びますが、献杯の挨拶が終わる前にこれらに手をつける行為はマナー違反です。
うっかり料理に手を伸ばしてしまえば、周囲の方から非常識な方と思われてしまいます。
また、年長者や僧侶から故人への敬意が足りないとお𠮟りを受ける場合もあるため、このマナーに関しては徹底するよう心がけましょう。
宗教・地域ごとの違いを意識する
献杯は宗教儀式ではないため、そのやり方に関しては宗教・宗派による決まりごとはありません。
そのため、同じ仏教徒であっても浄土真宗では献杯を行うことはなく、キリスト教式でも献杯は行わないことが通例です。
また、このような宗教・宗派による献杯の認識の違いと同じく、お住まいの地域による作法の違いからも献杯を行わないことは少なくありません。
故人と特に親しい方は自ら献杯の挨拶を希望することがありますが、その場合は宗教様式や地域の慣習について、事前に調べておいた方が良いでしょう。
献杯挨拶を行う人物は喪主とは限らない
先ほど解説したように、献杯の挨拶を行う人物に決まりはありません。
そのため、葬儀や法要に参加する方の誰もが献杯の挨拶を行う可能性があるのです。
通常は次の順番で依頼されることが多い献杯挨拶ですが、何らかの事情で急に献杯の挨拶を依頼される可能性もゼロではありません。
会食に参加する方は、献杯に関する一通りのマナーを確認しておくべきでしょう。
- 喪主
- 遺族
- 故人と特に仲が良かった友人 など
まとめ

献杯と乾杯は、言葉の響きや使用する場面が似ていることからしばしば混同されることがありますが、その意味は真逆のため絶対に間違ってはいけない葬儀マナーです。
遺族は故人との関係性や葬儀や法要における重要性から、献杯の挨拶を行う人物を選んでいます。
このような遺族の気持ちに応えるために、献杯の挨拶は様式に従った作法と葬儀マナーを念頭に行うよう心がけましょう。