「相続放棄」ということばを聞いたことがあるでしょうか?
一般的に、相続が起きた後の遺産を分ける話し合いで何ももらわないことを「相続を放棄した」ということもありますが、ここでいう「相続放棄」とは、家庭裁判所で正式な手続きを踏んで行うものを指します。
この記事では、相続放棄の手続き方法や期限、注意点などについて詳しく解説します。
相続放棄をされる際や、相続放棄をしようと検討している方は参考にしてみてください。
目次
相続放棄とはどのような手続き?
相続放棄とはどのような手続きでしょうか?
まずは、その概要を解説していきましょう。
相続放棄とは
法律上の相続放棄とは、家庭裁判所へ申述をすることにより、最初から相続人ではなかったこととなるとても強い効果をもたらたす手続きです。
単に、財産分けの話し合いである遺産分割協議で「何ももらわない」ことに合意することとは異なりますので、混同しないようにしてください。
相続放棄の手続きをするとどうなる?
相続放棄が認められると、その人は始めから相続人ではなかったこととなります。
その効果として、借金などのマイナスの財産はもちろん、自宅不動産や預貯金といったプラスの財産も一切相続する権利がなくなるのです。
また、相続放棄をすると、遺言書で財産を受け取ることもできません。
このマイナスの財産も引き継がずに済むという点が、単に「何ももらわない」という遺産分割協議を成立させたのみである場合との最も大きな違いです。
相続人同士での遺産分割協議を成立させただけでは、借金返済を逃れることはできません。
なぜなら、借金などのマイナスの財産は相続開始と同時に相続人全員の連帯責任となっており、いくら遺産分割協議をしたところで、債権者に対しては効力を持たないためです。
被相続人の借金返済から正式に免れるためには、相続放棄をする必要があるのです。
相続放棄を検討すべきなのはどんなとき?
では、相続放棄を検討すべきなのは、どのような場合でしょうか?
これには、主に次の3つの場合が考えられます。
- 被相続人の借金が多額であった場合
- 他の相続人と一切かかわりたくない場合
- 被相続人から一切相続を受けたくない場合
1.被相続人の借金が多額であった場合
相続放棄を検討する場面として代表的なものに、被相続人(亡くなった人)が多額の借金を遺していた場合が挙げられます。
原則として、相続人は被相続人の一切の権利義務を引き継ぎます。
当然のことながら、そこには借金もなどのマイナス財産も含まれてしまうのです。
そのため、被相続人が多額の借金を残した場合には、相続人がその借金を返済していかなければなりません。
しかし、借金が被相続人の残したプラスの財産をすべて売却しても支払えないほど多額であるような場合には、その後相続人がその後、支払いに困窮することにもなりかねません。
このような際に相続放棄を行えば、相続人はプラスの財産も何も相続できないことと引き換えに、借金の返済を免れることができるのです。
2.他の相続人と一切かかわりたくない場合
他の相続人とも一切関わりたくない場合にも相続放棄を検討すべきです。
遺産分割協議の中で「何もいらない」と合意をしたとしても、その手続きの中では何度か押印を求められたり、印鑑証明書を渡したりしなければなりません。
こういった最低限のやり取りさえもしたくない場合には、相続放棄を検討すると良いでしょう。
相続放棄が認められると、家庭裁判所から「相続放棄受理証明書」を取得することができます。
この証明書を取得して他の相続人に渡すことにより、その後の相続手続きで押印を求められることはなくなるのです。
3.被相続人から一切相続を受けたくない場合
例えば、生前から被相続人と仲違いのうえ音信が途絶えていた場合など、被相続人からの相続を一切受けたくないという場合もあるでしょう。
こういった際にも、相続放棄を検討する余地があります。
音信が途絶えていた場合には、被相続人に借金があるかどうかもわかりません。
また、仮にプラスの財産があってももらうつもりがないのであれば、相続放棄をすることで「いち抜けた」という状態とすることが可能なのです。
相続放棄をすると財産は誰のものになる?
それでは、相続放棄をすると、被相続人の持っていた財産は誰のものになるのでしょうか?
具体例とともに解説していきましょう。
相続放棄手続きをすると相続人は誰になる?
前述のとおり、相続放棄すると、その人は始めから相続人ではなかったものとされます。
では、相続放棄をした結果、相続人に変動はあるのでしょうか?
被相続人には配偶者と長男、二男がおり、両親はすでに他界、弟と妹が存命であるケースを例に取って解説しましょう。
なお、被相続人より先に亡くなった子や兄弟姉妹はいないものと考えてください。
- 配偶者
- 長男
- 二男
- 弟
- 妹
- 両親:他界
1.子の1人だけが放棄をした場合
子の1人だけが放棄をした場合の中で、長男のみが相続放棄をした場合には、相続人は「配偶者」と「二男」のみとなります。
長男は最初から相続人ではなかったこととなりますので、相続分は次のとおりです。
- 配偶者:2分の1
- 二男:2分の1
2.子が全員放棄をした場合
長男のみならず、二男も相続放棄をした場合を考えてみましょう。
この場合、配偶者だけが相続人になるわけではありません。
第一順位の相続人である子が始めから存在しなかったこととなりますので、結果的に被相続人の「弟」と「妹」が相続人になるのです。
この場合の相続分は次のとおりです。
- 配偶者:4分の3
- 弟:8分の1
- 妹:8分の1
3.子全員と配偶者が相続放棄をした場合
では、さらに配偶者も相続放棄をするとどうなるでしょうか?
この場合は、「弟」と「妹」だけが相続人になります。
それぞれの相続分は次のとおりです。
- 弟:2分の1
- 妹:2分の1
このように、その順位の相続人が全員相続放棄をすると、相続人としての権利が次の順位の人へと移っていきます。
例えば、被相続人の借金を理由に相続放棄をする場合などには、弟や妹からすれば、自分には関係がないと思っていた借金がある日突然降りかかることとなるのです。
そのため、相続放棄を検討する際には、状況的に可能な限り、あらかじめ後順位の相続人へも話を通したうえで行った方が良いでしょう。
全員が相続放棄の手続きをするとどうなる?
それでは、全員が相続放棄をすると、被相続人の持っていた財産はどうなるのでしょうか。例えば前記の例で、子全員と配偶者が相続放棄をしたうえ、弟と妹も放棄をした場合です。
この場合には、相続人が誰もいなかった場合と同様に、相続財産管理人を選任のうえ可能な限り借金などが精算され、最終的に残った財産があれば国庫へ帰属します。
相続放棄手続きをすべき期間・期限
さて、それでは、相続放棄はいつまでに行えば良いのでしょうか。ここでは、期限について見ていきましょう。
相続放棄手続きはいつまでにすべき?
相続放棄の手続きは、「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内」にする必要があります。
一般的には、相続が起きてから3ヶ月以内だと考えておけば良いでしょう。
また、前述の例のように子が全員相続放棄をした結果、弟や妹が相続人になった場合には、弟や妹の相続放棄の期限は、子が全員放棄をして自分が相続人になったことを知った時点から起算されることとなります。
相続放棄は期限を過ぎたら手続きできない?
では、相続放棄は3ヶ月を過ぎてしまえば、もはや認められる余地はないのでしょうか?
これは、法律で定められた期限である以上、期限を過ぎれば相続放棄を認めてもらうのは難しいと言わざるを得ません。
しかし、3ヶ月以内に相続財産の状況を調査しても相続を承認するか放棄するかを判断する資料が得られない場合には、相続の承認又は放棄の期間の伸長の申立てをすることで、その期限を伸長してもらえる可能性があります。
そのため、3ヶ月以内の手続きが難しい場合には、あらかじめ家庭裁判所に伸長の申立てを行っておきましょう。
相続放棄手続きの必要書類
それは、相続放棄をするにはどのような書類が必要で、どの程度の費用がかかるのでしょうか?
1つずつ詳しく解説していきます。
- 申立書
- 被相続人の住民票除票または戸籍の附票
- 被相続人の死亡の旨のわかる戸籍謄本等
- 放棄をする人の戸籍謄本
- 放棄をする人と被相続人との関係のわかる戸籍謄本や除籍謄本
申立書
相続放棄の申立書は、家庭裁判所のホームーページからダウンロードすることができます。
記載例も載っていますので、記載例を参考に作成すると良いでしょう。
被相続人の住民票除票または戸籍の附票
被相続人の最後の住所を証明するため、除票又は戸籍の附票が必要です。
除票は被相続人の最後の住所地の市町村役場、戸籍の附票は被相続人が最後に本籍を置いていた市町村の役場で取得します。
いずれも、市町村により手数料は異なりますが、200円から400円ほどであることが一般的です。
被相続人の死亡の旨のわかる戸籍謄本等
相続放棄の申述をするには、被相続人の死亡の旨が記載された戸籍謄本または除籍謄本も必要です。
これは、被相続人が最後に本籍を置いていた市町村の役場で取得します。
被相続人の死亡により、その戸籍謄本から誰もいなくなった場合には「除籍謄本」、その戸籍に存命の人がまだ残っている場合には「戸籍謄本」が必要です。
手数料は全国一律で、戸籍謄本は1通450円、除籍謄本は1通750円です。
放棄をする人の戸籍謄本
相続放棄をする人の戸籍謄本は、放棄をする人の本籍地の市町村役場で取得します。
手数料は全国一律で、1通450円です。
放棄をする人と被相続人との関係のわかる戸籍謄本や除籍謄本
相続放棄をするには、放棄をする人と被相続人との関係性のわかる戸籍謄本や除籍謄本も必要です。
例えば、放棄をする人が被相続人の配偶者や子であれば、改めて書類を準備する必要はありません。
配偶者は被相続人の死亡のわかる戸籍謄本の中に記載されていますし、子は子の戸籍謄本の父母の欄に被相続人が記載されているため、関係性がわかるからです。
一方で、放棄する人が被相続人の兄弟姉妹である場合などは、書類の量が一気に増えます。
なぜなら、兄弟姉妹が相続人となるためには、被相続人に子がいないことや両親が既に他界している必要があるためです。
これらを証明するため、被相続人の出生までさかのぼる戸籍謄本や除籍謄本、原戸籍謄本のほか、父母の死亡が記載された除籍謄本なども必要となります。
取得の手数料は、戸籍謄本は全国一律450円、除籍謄本や原戸籍謄本は1通750円です。
相続放棄手続きにかかる費用相場
相続放棄をするには、どの程度の費用がかかるでしょうか?
一般的に、相続放棄の手続きを専門家に依頼した場合の報酬は、弁護士は10~20万円ほど、司法書士は3~5万円ほどだと言われています。
その他に、下記の費用がかかります。
- 収入印紙800円分
- 裁判所におさめる切手代(裁判所によって異なるものの、500円前後)
- 上記の書類を集める費用
相続放棄手続きの流れ
続いては、相続放棄をするまでの手続きの流れについて解説しましょう。
- 必要書類を集める
- 家庭裁判所へ申述する
- 照会書に回答する
- 相続放棄申述受理通知書が届く
必要書類を集める
相続放棄を行うにはまず、先ほど紹介した必要書類を集めます。
書類の収集に時間がかかるなどの理由で期限に間に合わない危険性がある場合には、あらかじめ管轄の家庭裁判所へ相談してください。
家庭裁判所へ申述する
必要書類が揃ったら、家庭裁判所へ申述します。
申述は家庭裁判所へ出向くほか郵送でも可能ですが、慣れていない場合には直接出向いた方が安心です。
また、郵送で行う場合、郵便事故により期限を超過してしまうと大変なので、必ず簡易書留など、配達状況の記録が残る郵便で送りましょう。
照会書に回答する
申述すると家庭裁判所から照会書が届くので、これに回答します。
照会書の主な目的は、相続放棄の申述を本当に自分の意思で行ったのかどうかの確認です。
相続放棄はとても大きな効果をもたらすため、万が一にでも他者がなりすまして申述した結果相続放棄をしたこととされてしまうと大問題であるためです。
とはいえ、この照会書の回答をもとに相続放棄を認めるかどうかの判断が下されるため、きちんともれなく記載しましょう。
記載した内容によっては、相続放棄が認められない可能性もあります。
照会書で聞かれる内容は、被相続人の財産の内容に関することや相続放棄をした理由、被相続人の生前の生活状況などです。
相続放棄申述受理通知書が届く
照会書への回答の結果、無事に相続放棄が認められると、家庭裁判所から相続放棄受理通知書が届きます。
これで、無事に放棄が完了したことになるので、受理通知書は大切に保管しましょう。
相続放棄手続きの注意点
相続放棄をする上では、注意すべき点があります。
次の3点について、相続放棄をする前に確認するようにしてください。
- プラスの財産も一切相続できなくなる
- 期間が短い
- 勝手に財産を処分してしまうと相続放棄が認められない
プラスの財産も一切相続できなくなる
一つ目の注意点は、相続放棄をすると借金などマイナスの財産のみならず、プラスの財産も一切相続できくなることです。
例えば、「借金は引き継ぎたくないけれど、自宅の不動産は相続したい」などといったことは認められません。
そのため、相続放棄を検討する際には、この点もよく理解したうえで行うようにしましょう。
期間が短い
相続放棄の期限がとても短いことにも注意が必要です。
相続が起きてからは何かと慌ただしく、少しうかうかとしていると3ヶ月などあっという間に過ぎてしまうことでしょう。
そのため、相続放棄を検討する場合には、できるだけ早くから書類の収集を開始するなど、期限を意識して手続きを進める必要があります。
勝手に財産を処分してしまうと相続放棄が認められない
勝手に財産を処分してしまうと、相続放棄が認められない点も注意すべきポイントです。
被相続人の住んでいた家を売却するなどはもちろんNGですが、例えば被相続人の定期預金を解約したり、古い車を処分したりしてしまうことで、相続放棄ができなくなる場合もあります。
相続放棄を検討している場合には、被相続人の財産を処分してしまうことのないよう注意しておいてください。
迷った際には、実際に処分などをしてしまう前に管轄の家庭裁判所か、専門家に相談しましょう。
相続放棄は自分でできる?弁護士・司法書士に依頼すべき?
相続放棄は、弁護士や司法書士といった専門家に依頼すべきなのでしょうか?
相続放棄は自分で行うことも可能ですが、ここでは、自分で手続きをするデメリットについて紹介します。
- 慣れない手続きで手間がかかる
- 平日の日中に何度も動かなければならない
- 放棄が認められるまで不安
- アドバスをもらえない
慣れない手続きで手間がかかる
相続放棄の手続きに慣れてない場合には、一つひとつ調べたり確認したりしながら進めていく必要があります。
その手間がかかる点がデメリットの一つだと言えるでしょう。
平日の日中に何度も動かなければならない
相続放棄の申述も家庭裁判所へ出向いた方が安心であるうえ、その添付書類を集めるためにも、何度か役所へ出向かなければなりません。
そのために、何度も仕事を休まなければならない場合もあるでしょう。
放棄が認められるまで不安
専門家であれば、放棄が認められそうかどうかはある程度予想ができるものです。
一方で、自分で手続きをする場合には、相続放棄が認められるまで不安がつきまといます。
また、実際に照会書への回答を誤ったばかりに放棄が認められなければ、悔やんでも悔やみきれません。
アドバスをもらえない
専門家のアドバイスがもらえないことも、相続放棄を自分でおこなうデメリットの一つです。
専門家に依頼すれば、照会書の回答など手続きに関することもさることながら、自分が相続放棄をした結果、誰が相続人になるのかといったことまでアドバイスを受けることができます。
まとめ
相続放棄の手続きについておわかり頂けたのではないでしょうか?
中でも、大変に感じられる方が多いのは必要書類の収集です。
特に、兄弟姉妹の相続人となっている場合には取得すべき書類も多く、自分で集めるのは一苦労でしょう。
相続放棄には期限もありますので、スムーズに必要書類を集める必要もあります。
相続放棄はその効果が絶大である一方、注意すべき点も非常に多い手続きです。
相続放棄をご検討の際には、放棄をした結果どうなるのか正しく知ったうえで、慎重に判断するようにしましょう。