相続が起きたときに遺産を相続する相続人は、絶対に遺産を相続しなければならないわけではありません。
遺産を相続せずに放棄することもでき、「遺産放棄」と「相続放棄」の2つの方法があります。
ただし、「遺産放棄」と「相続放棄」では法的な効果や手続きの流れが異なるため注意が必要です。
この記事では、遺産放棄の概要やメリット・デメリット、相続放棄との違い、遺産放棄ではなく相続放棄を選択すべきケースについて解説します。
目次
遺産放棄とは
亡くなった方が残した財産を相続しないことを表す用語には次の3つがあります。
- 財産放棄
- 遺産放棄
- 相続放棄
このうち、「相続放棄」は法律用語ですが、逆に「財産放棄」と「遺産放棄」は法律用語ではないため明確な定義がありません。
遺産放棄は人によって違う意味で使う可能性もありますが、ここでは一般的によく使われる意味の遺産放棄について解説していきます。
遺産を相続する権利を放棄すること
遺産放棄は文字通り「遺産を相続する権利を放棄すること」を指す用語です。
遺産を相続しない点は相続放棄と同じで、遺産放棄と相続放棄の2つを合わせて財産放棄と呼びます。
遺産放棄の手続きの流れは後述しますが、遺産分割協議を行う中で他の相続人に対して遺産の相続権を放棄する旨を伝える方法が遺産放棄です。
ただ、人によっては財産放棄・遺産放棄・相続放棄を分けずに同じ意味で使う場合もあります。
会話の中で「遺産放棄」と出てきたら、念のため意味を確認したほうが良いでしょう。
相続放棄とは異なる
「遺産放棄」と「相続放棄」を区別せずに使ってしまう人もいますが、この2つの用語は明確に異なります。
まず、相続放棄は法律上の用語で、裁判所での手続きを経るため法的な効力が強いことが特徴です。
一方で、遺産放棄は遺産を相続しないことを相続人同士の間で確認するのみで、裁判所での手続きなどは行いません。
遺産放棄と相続放棄それぞれの特徴や違いを理解して、相続が起きたときの状況に応じて適切な選択をすることが大切です。
遺産放棄と相続放棄の相違点
遺産放棄と相続放棄の主な違いとしては次の2点が挙げられます。
- 債権者など第三者への効力
- 手続き期限の有無
相違点①:債権者など第三者への効力
遺産を相続せずに放棄する点で遺産放棄も相続放棄も同じですが、債権者など第三者への効力という点で両者は異なります。
まず、遺産放棄は相続人同士の話し合いの中で「私は遺産を相続しません」と他の相続人に伝える方法です。
遺産を相続せずに放棄するという約束・合意を他の相続人としただけで、それ以外の第三者に対してまで合意内容を主張できるとは限りません。
たとえば、故人にお金を貸していた債権者は、遺産放棄をした相続人に対して借金の返済を求めることができます。
一方で、相続放棄の場合は裁判所で正式に手続きをするため法的な効果が強く、相続放棄をした人に対して債権者は返済を請求できません。
相続放棄をすると最初から相続人ではなかったことになり、借金などのマイナスの遺産も含めた相続財産を相続する権利そのものがなくなるからです。
相違点②:手続き期限の有無
手続き期限の有無という点でも遺産放棄と相続放棄では異なります。
相続放棄ができるのは原則として相続の開始を知ってから3ヶ月以内ですが、遺産放棄には特に期限はありません。
遺産放棄をする場合には、遺産分割協議の中で他の相続人に対してその旨を伝えますが、そもそも遺産分割協議をいつまでに終えなければいけないという期限がないからです。
遺産放棄のメリット
相続放棄と比べると、遺産放棄には次のようなメリットがあります。
- 相続放棄に比べて手続き負担が少ない
- 放棄するかどうか個別の財産ごとに決められる
メリット①:相続放棄に比べて手続き負担が少ない
遺産放棄は、遺産を相続しない旨を他の相続人に伝えるだけで済み、手続きが簡単な点が特徴です。
逆に、相続放棄では裁判所で手続きが必要なので手間がかかり、裁判所に申請するにあたって必要書類をあらかじめ揃えなければなりません。
メリット②:放棄するかどうか個別の財産ごとに決められる
相続放棄をすると遺産すべてを相続できなくなるため、たとえば借金は相続せず土地や現金だけを相続するといったことはできません。
しかし、遺産放棄であれば、遺産に含まれるどの財産を相続してどの財産を相続せずに放棄するのか、個別に決められます。
自分が遺産放棄を選択した財産を他の相続人が代わりに相続することに同意してくれることが前提になりますが、相続放棄と違って個別の財産ごとに柔軟に判断できるのが遺産放棄です。
遺産放棄のデメリット
遺産放棄にはデメリットもあり、相続放棄と比べると以下の点に注意が必要です。
- 債権者から借金の返済を求められても拒否できない
- 他の相続人の同意を得られないと遺産放棄ができない
デメリット①:債権者から借金の返済を求められても拒否できない
先ほど紹介したように、故人に借金がある場合に相続放棄をすれば借金を相続せずに済みます。
しかし、相続放棄ではなく遺産放棄をしただけでは、債権者から借金の返済を求められても拒否できないため注意が必要です。
遺産放棄はあくまで相続人同士の間の約束・合意なので、借金も含めた遺産の相続権を法的に完全に放棄したことにはなりません。
デメリット②:他の相続人の同意を得られないと遺産放棄ができない
遺産をどう分けるのかを相続人同士で話し合う中で、遺産放棄する旨を他の相続人に伝えるのが遺産放棄です。
そのため、他の相続人が同意してくれなければ、そもそも遺産放棄はできません。
たとえば「自分は現金は相続したいけれど借金は嫌なので借金だけ遺産放棄します」と言ったとしても、他の相続人が認めてくれないことが十分に考えられます。
この点、相続放棄であれば各相続人が自分の意思だけで判断して裁判所で手続きを進めることが可能です。
相続放棄であれば他の相続人に反対されて手続きが進まないということはありません。
遺産放棄の手続きの流れ
続いて、遺産放棄をするまでの流れを確認していきましょう。
実際に相続が起きたときには、次のような流れで手続きを進めていきます。
- 相続人調査・相続財産調査
- 遺言書の有無の確認
- 遺産分割協議
- 遺産分割協議書の作成
ステップ①:相続人調査・相続財産調査
相続が起きたら、遺産を相続する権利を持つ相続人が誰で、相続の対象になる財産が何なのかを最初に調べる必要があります。
そのために行うのが相続人調査と相続財産調査です。
まず、遺産を相続する権利を持つ相続人は法律で決まっているため、故人の出生~死亡まで全ての戸籍を取り寄せて相続人が誰なのかを調べます。
ケースによってはいくつもの自治体から戸籍謄本を取り寄せることになって手間がかかるので、自分でやらずに弁護士などの専門家に依頼したほうが良いでしょう。
また、相続財産調査は一つひとつ財産を確認していくしかないので、故人の部屋で遺品整理をしたり金融機関の口座の残高の確認などを行います。
ステップ②:遺言書の有無の確認
亡くなった方が生前に遺言書を書いて残していれば、その内容に従って相続人は遺産を相続します。
逆に、遺言書が残されていない場合には、遺産の分け方を相続人の間で話し合わなければなりません。
このように、遺言書の有無によって相続の手続きの流れが変わるため、相続が起きたときには遺言書の有無の確認も必要です。
遺言書を作成しているかどうかや作成している場合の保管場所について、生前に本人から聞いておくのがベストですが、そうでなければ相続人が探すことになります。
タンスや神棚の中を探したり、公証役場や法務局で保管されていないかどうか確認しましょう。
ステップ③:遺産分割協議
遺言書がなく、相続人が2人以上いるようなケースでは、遺産をどのように分けるのかを相続人同士で話し合うことになります。
この話し合いが遺産分割協議です。
誰が遺産を相続し、逆に誰が遺産放棄をして相続しないのかを決めることになります。
なお、直接会って話し合う形でも、メールなどで意見をすり合わせる形でも構いませんが、相続人調査で判明した相続人全員が協議に参加しないと協議自体が無効になるため注意が必要です。
そして、遺産の分け方について合意できたら次の「遺産分割協議書の作成」に進み、合意できそうにない場合には、裁判所で行う調停・審判に移行します。
ステップ④:遺産分割協議書の作成
遺産分割協議を行って遺産の分け方について合意できたら、合意した内容を遺産分割協議書としてまとめます。
遺産分割協議書を作成する法的な義務はありませんが、口頭で内容を確認しただけでは後々にトラブルになりかねません。
遺産分割協議書は相続登記などの手続きでも必要になるため、遺産分割協議を行った場合には遺産分割協議書を作成することが一般的です。
遺産分割協議書には、誰が何の遺産を相続するのかがわかるように明確に記載して、遺産を相続する人も遺産放棄をする人も含めて、協議に参加した全ての相続人が署名・押印します。
なお、内容が不明確になったり作成上のミスがあって事後的なトラブルの原因になっては大変なので、協議書の作成は弁護士などの専門家に依頼したほうが良いでしょう。
遺産放棄ではなく「相続放棄」したほうが良いケース
遺産に含まれる財産の種類や相続が起きたときの状況によっては、遺産放棄ではなく相続放棄をしたほうが良いケースがあります。
たとえば次のような場合は、相続放棄をしたほうが良いケースです。
- 故人に借金がある場合
- 相続しても活用できず困るだけの財産を相続したくない場合
- 相続トラブルに巻き込まれたくない場合
ケース①:故人に借金がある場合
相続の対象になるのは、現預金や不動産などのプラスの財産だけではありません。
借金などのマイナスの財産も相続の対象になります。
亡くなった方に多額の借金があってプラスの遺産よりもマイナスの遺産が明らかに多い場合、相続してしまうとご自身の財産から返済資金を出さなければなりません。
遺産分割協議の中で遺産放棄する旨を他の相続人に伝えて了承を得た場合でも、相続放棄をしていないと金融機関などの債権者から返済を求められる可能性があるため注意が必要です。
ケース②:相続しても活用できず困るだけの財産を相続したくない場合
たとえば、親が亡くなり実家の土地や自宅が相続財産に含まれる場合、相続人である子が遠方に住んでいると不動産を相続しても活用できず困るケースが少なくありません。
さらに、不動産を一旦相続してしまうと固定資産税などの費用がかかり、相続後に手放そうとしても買い手が見つからずに困ることがあります。
そこで、遺産を最初から相続しない方法として考えられるのが遺産放棄と相続放棄の2つです。
ただ、遺産放棄の場合は、たとえば自分が不動産を相続せず放棄する旨を他の相続人に伝えて、他の相続人がその旨を了承した上でその不動産を相続することが前提になります。
しかし、不動産が「負動産」になるようなケースでは、他の相続人も不動産を相続したくないはずです。
そして、不動産だけ相続人全員が放棄して、他の遺産は相続するといった方法はできません。
相続しても活用できず困るだけの財産を相続人全員が相続したくないのであれば、相続放棄の手続きが必要になります。
ケース③:相続トラブルに巻き込まれたくない場合
相続トラブルに巻き込まれたくない場合や他の相続人と仲が悪くて相続に関わりたくない場合もあるはずです。
このような場合、最初から「遺産は相続せずに放棄します」と遺産放棄する旨を他の相続人に伝えて一切関わらないという方法も考えられます。
ただ、遺産を相続する気がないのであれば、相続放棄の手続きを裁判所で行って正式に相続権を放棄するのも一つの選択肢です。
相続放棄をすれば最初から相続人ではなかったことになり、遺産分割協議に参加する必要がなくなります。
相続放棄するときの手続きの流れ
遺産放棄ではなく相続放棄をする場合には、裁判所での手続きが必要になります。
相続放棄ができる期間は「相続の開始を知ってから3ヶ月以内」です。
3ヶ月を過ぎると、遺産に借金があるような場合でも放棄できずに相続してしまいます。
相続放棄をする場合には、次の手順に従って早めに手続きをするようにしてください。
- 必要書類を揃える
- 管轄の家庭裁判所に書類を提出する
- 照会書に回答する
- 相続放棄申述受理通知書を受け取る
ステップ①:必要書類を揃える
裁判所に相続放棄の申請を行う際には、申請書にあたる相続放棄申述書を提出します。
用紙は裁判所に行けばもらえますし、次のサイトからダウンロードすることも可能です。
それぞれのサイトに記入例も掲載されているので、確認してみると良いでしょう。
相続放棄申述書には収入印紙を貼付する箇所があり、800円分の収入印紙が必要になります。
なお、申述書の作成はそれほど難しくありませんが、書き方がよくわからず不安であれば、相続に詳しい弁護士などの専門家に相談するようにしてください。
また、相続放棄申述書を裁判所に提出するときには、次の書類も必要になります。
相続放棄をする人(申述人) | 必要書類 |
---|---|
配偶者 |
|
子や孫 |
|
父母や祖父母 |
|
兄弟姉妹や甥・姪 |
|
なお、上記以外にも書類が必要になることがあるので、必要書類については裁判所にあらかじめ確認するようにしてください。
ステップ②:管轄の家庭裁判所に書類を提出する
相続放棄をする場所は「被相続人(亡くなった方)の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」です。
裁判所の窓口に直接持参するか、郵送によって書類を提出してください。
なお、管轄の家庭裁判所がどこなのか分からない場合には、次のサイトで調べられます。
ステップ③:照会書に回答する
書類を提出して1週間~10日ほどすると、裁判所から照会書が送られてきます。
照会書は、相続放棄をするのが本当に本人の意思によるものなのかなど、基本的な事項を確認するための書類です。
回答を記入してすぐに裁判所に返送しましょう。
ステップ④:相続放棄申述受理通知書を受け取る
相続放棄の手続きが正式に受理されると、裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が届きます。
相続放棄申述受理通知書は、相続放棄の手続きが完了したことを証明する大切な書類です。
発行は1度限りで、再発行はできないので大切に保管してください。
遺産放棄と似ている用語「〇〇放棄」との意味の違い
相続に関する用語の中には語尾に「放棄」が付く「〇〇放棄」という単語が、遺産放棄以外にもあります。
次の単語は遺産放棄とは意味が異なるので、混同しないように注意しましょう。
- 相続分の放棄
- 遺留分の放棄
- 遺贈の放棄
用語①:相続分の放棄
相続が起きたとき、どの相続人がどれだけの割合の遺産を相続する権利を持つのか、相続分が法律で決まっています。
たとえば、配偶者と子の2人が相続人のケースでは、相続分はそれぞれ2分の1ずつです。
そして、この相続分を放棄するのが相続分の放棄です。
法律上与えられた権利である相続分を放棄することになります。
相続分の放棄は、相続に関わりたくない場合などに用いられることが多い方法で、相続分の放棄をする旨を他の相続人に伝えれば良い点は遺産放棄と同じです。
ただし、遺産分割協議に参加して個々の遺産ごとに放棄するかどうかを判断できる遺産放棄とは異なり、相続分の放棄では相続分すべてを放棄することになります。
用語②:遺留分の放棄
遺留分とは、遺産を相続する権利として一定の相続人に最低限認められた権利です。
たとえば、故人が生前に遺言書を書いていた場合に、ある相続人に遺留分を下回る割合しか遺産を相続させない旨が書かれていたとしても、その相続人は遺留分を権利として主張できます。
そして、この遺留分を放棄するのが遺留分の放棄です。
遺留分の放棄は相続の開始前でも開始後でもできますが、相続開始前に遺留分を放棄する場合には裁判所に申立てをして許可を得る必要があります。
用語③:遺贈の放棄
遺言書によって財産を渡す相手や渡す財産を指定する方法を「遺贈」と呼びます。
遺贈には特定遺贈と包括遺贈の2種類があり、渡す財産を特定するのが特定遺贈、渡す財産の割合を指定するのが包括遺贈です。
そして、財産を受け取る人として遺言書で指定された人は、財産を受け取ることもできれば受け取らないこともできます。
遺贈の放棄とは、遺贈によって受け取れる財産を受け取らずに放棄することです。
なお、遺贈の放棄ができる期間は、包括遺贈の場合は原則として相続の開始を知ってから3ヶ月以内で、特定遺贈の場合は期限は特にありません。
まとめ
相続が起きたときでも、遺産放棄をすれば遺産を相続せずに済みます。
ただし、遺産放棄をする旨を他の相続人に伝えて同意を得る必要があり、遺産分割協議が合意できなければ遺産放棄はできません。
また、亡くなった方に借金がある場合には、遺産放棄をしただけでは債権者から返済を求められても拒否できない点に注意が必要です。
遺産放棄ではなく相続放棄をしたほうが良いケースもあるので、相続が起きたときの状況に応じて適切に判断するようにしてください。