遺産を相続せず、相続放棄をしたい場合に家庭裁判所に提出する「相続放棄申述書」。
裁判所での手続きと聞くと、大変で難しそうなイメージを抱く人もいるかもしれません。
しかし、実際には相続放棄の手続きはそれほど難しくなく、自分で行うことも十分に可能です。
この記事では、相続放棄申述書の書き方や相続放棄の手続きの流れを解説していきます。
相続放棄申述書とは
ご家族が亡くなり相続が起きたとき、遺産を相続する人(相続人)が取れる選択肢は次の3つです。
- 単純承認:現預金などのプラスの遺産も借金などのマイナスの遺産もすべて相続する
- 限定承認:プラスの遺産の範囲内でマイナスの遺産を相続する
- 相続放棄:遺産を相続する権利自体を放棄して、遺産を一切相続しない
そして、相続放棄を選択するケースとしては、たとえば次のような場合が挙げられます。
- 亡くなった方に多額の借金がある場合
- 不動産を相続しても負動産になるなど、遺産を相続しても活用できそうにない場合
- 遺産を相続する人の間で揉めていて、そもそも争族に関わりたくない場合
書類の入手先
家庭裁判所に行けば相続放棄申述書の用紙が手に入り、裁判所ホームページからダウンロードすることも可能です。
相続放棄をする人が20歳以上の場合と20歳未満の場合で裁判所ホームページがわかれていて、それぞれのページに記入例も掲載されているので確認してみると良いでしょう。
- 相続の放棄の申述書(20歳以上)(裁判所ホームページ)
- 相続の放棄の申述書(20歳未満)(裁判所ホームページ)
相続放棄の申述先
相続放棄の手続きは、「被相続人(遺産を残して亡くなった人)の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」で行います。
遺産を相続する人の住所地の家庭裁判所ではありません。
なお、管轄の家庭裁判所を調べたい場合には、次のサイトから確認ができます。
- 裁判所の管轄区域(裁判所ホームページ)
相続放棄ができる期間
相続放棄ができるのは、「相続の開始を知ったときから3ヶ月以内」です。
3ヶ月以内に相続放棄や限定承認の手続きをしなかった場合は、単純承認をしたことになり遺産をすべて相続することになります。
期限を過ぎると原則として相続放棄はできなくなり、故人に借金などのマイナスの遺産がある場合でも受け継いでしまうため注意が必要です。
相続放棄の費用
相続放棄にかかる主な費用には、次のものが挙げられます。
- 収入印紙800円分
- 連絡用の郵便切手
- 弁護士に依頼する場合はその費用(目安額はおよそ5~10万円)
郵便切手は裁判所が書類を郵送するために使うものですが、金額や枚数は事前に裁判所に確認するようにしてください。
相続放棄申述書の書き方
相続放棄申述書の書き方はそれほど難しくありません。
さきほどの裁判所ホームページから用紙をダウンロードして、以下の「記入方法」で紹介する内容に従って実際に作成してみてください。
記入例
相続放棄をする人が20歳以上の場合・20歳未満の場合、それぞれの記入例になります。
【20歳以上の場合】
【20歳未満の場合】
出典:裁判所ホームページ
記入方法
「家庭裁判所の名称を記入する欄」や「申述人の記名押印欄」から記入することになります。
用紙右上の「この欄に収入印紙800円分を貼ってください」と書かれた箇所には収入印紙を貼り、その左横の受付印欄や下の関連事件番号の欄は記入不要です。
また、用紙の中段の「申述の趣旨」の欄も、最初から「相続の放棄をする」と印字されているため記入する必要はありません。
家庭裁判所・申述人の記名押印の欄
申請を行う家庭裁判所と提出年月日を記入します。
相続放棄をする本人が申請するのであれば自分の名前を書き、未成年者に代わって法定代理人が申請する場合は「○○○の法定代理人 △△△」といった形で記入します。
印鑑は実印である必要はなく、認印でも構いません。
添付書類の欄
相続放棄の手続きで必要な添付書類については後述しますが、相続放棄申述書と一緒に提出する書類をそろえた上で申述書の当欄にもチェックを入れて通数を記入することになります。
申述人・法定代理人等・被相続人の欄
相続放棄の手続きでは戸籍謄本なども一緒に提出するため、戸籍謄本などに記載された内容を当欄に記入します。
相続放棄をする人の情報を「申述人」の欄に記入し、法定代理人等が申請をする場合は「法定代理人等」の欄への記入も必要です。
子の代わりに親権者が申請をしたり被後見人に代わって後見人が申請をする場合は、「法定代理人等」の欄の左側の該当する番号(1.親権者 2.後見人)に丸をつけます。
申述の理由の欄
相続放棄の期限である3ヶ月の基準日になる日付を記入する欄で、故人が亡くなったことを当日に知った場合は「1.被相続人死亡の当日」を丸で囲みます。
相続人が遠方に居住しているようなケースで、亡くなったことを後日に知らされた場合にはその知らされた日です。
また、もともと相続人ではなかったものの、相続権を持っていた人が相続放棄をしたことで相続順位が次の人に繰り上がるようなケースもあります。
この場合は「3.先順位者の相続放棄を知った日」が3ヶ月の基準になるので、その日付を記入します。
放棄の理由の欄
相続放棄をする理由として該当する番号に丸をつけます。
なお、相続放棄の手続きとして大事な事項ですが、ここの箇所の記載によって相続放棄の手続きを家庭裁判所が受理しないといった心配は基本的にありません。
相続放棄をするケースとしてよくある「借金を相続したくないから」ということであれば、「5.債務超過のため」を選ぶことになります。
相続財産の概略の欄
相続する遺産の金額を記入します。
用紙の各項目に「約」と付いていることからわかるように、おおよその金額で構いません。
記入者
相続放棄申述書は、原則として相続放棄をする本人が作成して提出します。
ただし、本人以外の人が記入・作成して相続放棄の手続きを行う場合もあり、たとえば次のようなケースが挙げられます。
親権者
未成年者が相続放棄をする場合には、親権者が代わりに記入することになります。
後見人
被後見人が相続放棄をするケースでは、後見人が相続放棄申述書を作成して代わりに相続放棄の手続きを行います。
故人に借金があり、認知症の人の代わりに後見人が相続放棄の手続きを行うようなケースです。
特別代理人
状況によっては、親権者や後見人が相続放棄の手続きを代わりに行えないケースがあります。
未成年者の子とその親がともに相続人であるケースや、認知症の親と後見人である子がどちらも相続人であるようなケースです。
親や後見人が代わりに手続きをして相手に相続放棄をさせると、親や後見人が利益を得られる(自分の相続分が増える)可能性があります。
これは「利益相反」と呼ばれるケースで、親権者や後見人が代わりに手続きをすることはできません。
相続放棄をする場合は、裁判所に申立てをして「特別代理人」の選任が必要です。
弁護士
弁護士は相続放棄の手続きを代理する権限を持っているため、委任状を作成すれば相続放棄の手続きを弁護士に任せることができます。
その他
上記に該当しないケースでも、たとえば親が寝たきりの状態で自分で書類を書くことができず、家族が代わりに相続放棄の手続きをしたいケースもあるはずです。
このようなケースでは代筆が認められることもあるため、まずは家庭裁判所に相談して事情を説明するようにしましょう。
相続放棄申述書を提出するまでの流れ
相続が開始してから相続放棄申述書を提出するまでの流れは、次のような流れとなります。
- 財産調査を行う
- 相続放棄するかどうかを決める
- 相続放棄に必要な書類をそろえる
- 管轄の家庭裁判所に提出する
いざ相続が起きたときに慌てないためにも、手続きの流れを理解しておきましょう。
ステップ①:財産調査を行う
故人の遺産を把握しないと相続放棄すべきかどうかを決められないため、相続が開始したときには「財産調査」を行う必要があります。
自宅の中の物を一つひとつ確認して銀行などの口座も確認し、株式や土地・家の価格の算定を専門家に依頼するなど非常に時間がかかる作業です。
また、故人が遺言書を残していないかどうかも確認しなければなりません。
遺言書の種類によっては裁判所で検認という手続きが必要になり、かなりの時間を要します。
相続放棄の手続き期限である3ヶ月はすぐに迎えてしまうため、早め早めの対応を心掛けましょう。
ステップ②:相続放棄するかどうかを決める
故人の遺産を確認して、借金が多いような場合などには相続放棄を検討することになります。
なお、プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を相続する「限定承認」も可能です。
ただし、限定承認にはすべての相続人の同意が必要で、相続人が2人以上いて他の相続人の同意を得られない場合は限定承認はできません。
このような場合も、単純に相続(単純承認)して困るようであれば相続放棄を行うことになります。
ステップ③:相続放棄に必要な書類をそろえる
相続放棄の手続きで必要な書類は、「誰が相続放棄をするのか」によって異なります。
配偶者が相続放棄する場合
配偶者が相続放棄をする場合は、次の書類が必要です。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 相続放棄をする人の戸籍謄本
- 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
子やその代襲者(孫など)が相続放棄する場合
子が相続放棄をする場合や、子がすでに亡くなっていてその子である孫などが代わりに相続する代襲相続のケースでは、次の書類が必要です。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 相続放棄をする人の戸籍謄本
- 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 放棄をする人が代襲相続人(孫、ひ孫等)の場合、被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
父母・祖父母等が相続放棄する場合
父母や祖父母が相続放棄をする場合は、次の書類が必要です。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 相続放棄をする人の戸籍謄本
- 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している人がいる場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の直系尊属に死亡している人(相続人より下の代の直系尊属に限る)がいる場合、その直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
兄弟姉妹やその代襲者(甥・姪)が相続放棄する場合
兄弟姉妹が相続放棄をする場合や、兄弟姉妹が既に亡くなっていてその子である甥・姪が代わりに相続する代襲相続のケースでは、次の書類が必要です。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 相続放棄をする人の戸籍謄本
- 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している人がいる場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 放棄をする人が代襲相続人(甥、姪)の場合、被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
ステップ④:管轄の家庭裁判所に提出する
相続放棄の手続きに必要な書類一式がそろったら、管轄の家庭裁判所に提出します。
「相続放棄の申述先」でも紹介しましたが、提出先は「被相続人(遺産を残して亡くなった人)の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」です。
家庭裁判所の窓口で直接提出するか、あるいは郵送で提出します。
相続放棄申述書を提出した後の流れ
申述書を提出して相続放棄の手続きが完了するわけではないため、相続放棄申述書を提出した後の流れも確認しておきましょう。
また、相続放棄の手続きが完了した後に交付される「相続放棄申述受理通知書」と、相続放棄した人が必要なときに発行申請する「相続放棄申述受理証明書」の違いも理解しておくことが大切です。
- 照会書に回答する
- 相続放棄申述受理通知書が交付される
- 相続放棄申述受理証明書の発行も可能
ステップ①:照会書に回答する
相続放棄申述書を提出してから1週間から2週間ほどすると、裁判所から「照会書」という書類が届きます。
相続放棄が本当に本人の意思によるものなのかなど、基本的な事項を確認するための書類です。
記入方法が難しいことは基本的にないため、回答を記入して家庭裁判所に返送しましょう。
ステップ②:相続放棄申述受理通知書が交付される
相続放棄の手続きが完了すると、裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が届きます。
相続放棄の申請が正式に受理されたことを証明する大切な書類です。
再発行はできないため、大切に保管するようにしてください。
ステップ③:相続放棄申述受理証明書の発行も可能
「相続放棄申述受理通知書」とよく似た名前の書類に「相続放棄申述受理証明書」があります。
再発行ができない通知書とは異なり、後者の証明書は必要なときに適宜発行申請ができる書類です。
相続放棄申述受理証明書が必要になるケース
次のようなケースで必要になります。
- 故人にお金を貸していた人や企業など債権者から提示を求められたとき
- 遺産に含まれる不動産の相続登記の手続きを行うとき
そのため、相続放棄申述受理証明書の提示を求めてくることがあるので、提示を求められた場合には裁判所で発行申請を行いましょう。
また、遺産に不動産が含まれるケースでは、相続登記の手続きの際に必要になります。
相続放棄申述受理証明書の発行方法
「相続放棄申述受理証明申請書」を家庭裁判所の窓口または郵送で提出します。
申請先は「被相続人(遺産を残して亡くなった人)の最後の住所地を管轄する家庭裁判所」です。
東京家庭裁判所で手続きをする場合の用紙は次のサイトに掲載されていますが、用紙の名称などが家裁ごとに異なる場合もあるので直接確認したほうが良いでしょう。
- その他の申請(裁判所ホームページ)
なお、申請書には「事件番号」を記入する箇所がありますが、本人が発行申請をする場合は「相続放棄申述受理通知書」を確認すればわかります。
利害関係者が発行申請する場合は、そもそも事件番号はわからないはずなので、まず先に「相続放棄の有無の照会」の手続きが必要です。
相続放棄に関するその他のポイント
相続放棄申述書の書き方や申請の手続きは、それほど複雑ではないことが理解できたでしょう。
ただ、そもそも相続放棄をすること自体が非常に大きな意味を持つ、重要な手続きであることを忘れてはいけません。
相続放棄は自分自身に留まらず他の相続人にも影響を与える手続きであるため、今一度ポイントを確認しておきましょう。
- 受理されると原則撤回ができない
- 他の相続人の同意は不要
- 相続放棄をできないケースに注意
- 相続放棄の期限は3ヶ月
- 相続放棄と遺産放棄は異なる
ポイント①:受理されると原則撤回ができない
相続放棄は、裁判所に受理されると原則として撤回ができません。
相続人の権利関係に大きな影響を与える手続きであるため、簡単に撤回を認めるべきではないからです。
手続き完了後に後悔しないように、相続放棄するかどうかは慎重に検討するようにしてください。
ポイント②:他の相続人の同意は不要
相続放棄は相続人個人の判断で手続きができるため、他の相続人の同意は不要です。
手続き完了後に他の相続人に知らせる義務もありませんが、後々のトラブルを避けるためにも相続放棄をしたことは他の相続人に伝えておいたほうが良いでしょう。
他の相続人が故人の借金を相続したり、自分の代わりに思わぬ人が相続人になる場合があります。
ポイント③:相続放棄をできないケースに注意
遺産を売却したり故人が抱えていた借金を返済するなど、「遺産を処分する行為」をすると遺産を相続することを承認(単純承認)したことになります。
相続放棄の手続き期間内である3ヶ月以内であったとしても、該当する行為をした場合には相続放棄や限定承認はできません。
相続放棄や限定承認をする可能性がある場合には、遺産の取扱いに特に注意が必要です。
ポイント④:相続放棄の期限は3ヶ月
冒頭の「相続放棄ができる期間」でも紹介したように、相続放棄ができるのは「相続の開始を知ったときから3ヶ月以内」です。
3ヶ月と聞くと長いように思えますが、相続が開始すると必要な手続きが多くて時間があっという間に経ってしまいます。
財産調査などを終えて相続放棄の要否を判断する必要があるので、相続が開始したら各手続きはできる限り早く進めるようにしましょう。
3ヶ月の期限を超えそうな場合の対処法
ただ、財産調査に時間がかかるなどして3ヶ月の期限に間に合いそうにないケースもあるはずです。
その場合には、3ヶ月を迎える前に裁判所で手続きをすることで期限を伸ばすことができるので、「期間の伸長の手続き」を行います。
- 相続の承認又は放棄の期間の伸長(裁判所ホームページ)
ポイント⑤:相続放棄と遺産放棄は異なる
同じ「放棄」という単語が入っていますが、「相続放棄」と「遺産放棄」は異なる用語です。
遺産放棄は、他の相続人と遺産の分け方について話し合う「遺産分割協議」において「私は遺産を相続せず放棄します」といった形で放棄することを言います。
合意した内容をまとめる「遺産分割協議書」に記載することで、遺産放棄の効果を他の相続人に示すことはできますが、相続放棄のように相続権を放棄しているわけではありません。
故人にお金を貸していた債権者から取り立てがあっても、遺産放棄の場合には相続放棄のように支払いを拒否することができないため注意が必要です。
まとめ
相続放棄申述書の書き方は難しくなく、初めての人でも自分で作成して申請できることが理解できたと思います。
ただ、手続きの期限が3ヶ月と決まっていて、それまでに財産調査を行って相続放棄をするか判断したり必要書類をそろえたりしなければいけません。
相続放棄の手続きを終えるだけでなく、終えた後に使うことがある「相続放棄申述受理通知書」や「相続放棄申述受理証明書」についても理解しておくようにしてください。
相続に関する正しい知識を一つでも多く身に付けて、後悔しない相続を実現しましょう。