相続における生前対策と聞くと、「自分の親はそんなに資産を持っていないから大丈夫」と思われる方が多いかもしれません。実際に、相続税については、3,000万円+(600万円×法定相続人の数) の基礎控除があるので、資産が1億円に満たない場合は、課税されないケースが多いです。しかし、当たり前ですが、相続税が発生しなくても、遺産分割というものが発生します。親が持っていた全ての財産を、誰が、どの割合で受け継ぐかを決めるのです。これについては、持っている資産の額は関係なく、多くの家庭において揉める可能性があります。
本項では、遺産分割における揉めるパターン、またそれを防ぐための必要な対策についてお話しします。
目次
1.資産5,000万円以下の方が揉めやすい
相続において、資産が多い家庭の方が揉め事に発展しやすいと考える方は多いのではないでしょうか。
資産が多いと、1人1人の受け継ぐ資産の額も多くなったり、相続税もかかったりするので、揉めやすい、そう考えるかもしれません。
しかし、実際は違います。むしろ実際はその逆になる傾向があります。
遺産分割では資産5,000万円以下の家庭の方が揉めやすいのです。

上記のデータをみても分かるように、遺産分割事件の許容・調停件数は実は5,000万円以下のものが75.5%も占めているのです!
うち、33.1%は資産額1,000万円以下のケースです。
では何故、資産額が少ない程、揉め事に発展する傾向があるのでしょうか?
次章で詳しく解説していきます。
2.原因の多くが自宅(土地,建物)の相続
資産が1億、5億と大きい額の場合、相続資産の内訳をみても、例えば株式や、証券、または建物(別荘など)、土地などを複数持ってる場合もあり、多岐に渡ります。
資産が5,000万円以下の家庭の場合は、資産の種類はシンプルで、現預金、自宅(土地、建物)、保険、車くらいのケースが多いです。
ここで知っておいて頂きたいのが、資産5,000万円以下の家庭で揉める場合、多くのケースにおいて自宅(土地、建物)で揉めるということです。
なぜ家の相続で揉めるのか?
なぜ自宅の相続で揉めるケースが多いのでしょうか。
それは不動産という資産の性質上、資産を物理的に分けることが難しいためです。
ケーススタディ
男3人兄弟の家庭で、父親が亡くなり相続が発生しました。母親は既に他界しているため、父親の資産を兄弟3人で相続することとなります。
父親の資産は、現金についてはほとんど残っていなくて、自宅の土地が3,000万円、建物が3,000万円で、不動産資産が合わせて6,000万円でした。
相続人は兄弟3人だけなので、法定相続分通りに分けると、

- 長男:2,000万円
- 次男:2,000万円
- 三男:2,000万円
という形になると知りました。そしてこれが一番平等だと言うことで、全員が納得しました。
しかし、土地や建物を分けることができないという問題に気付いた長男と次男は、上記の分け方を変更し、

- 長男:土地(3,000万円)
- 次男:建物(3,000万円)
- 三男:相続なし
でいこうと提案しました。
すると当然ですが、三男は本来であれば2,000万円の資産を相続できるのにそれが0円になるということで長男、次男に抗議しました。
遺産分割協議書には相続人全員のサインが必要になるため、三男が同意しない限り、遺産分割は進みません。。
上記のケースはかなり極端な例ですが、このようなことが資産5,000万円以下の家庭の相続において起こっています。
結局、兄弟間で話がまとまらず、家庭裁判所を通じての調停へと発展するのです。
財産の分け方について
不動産(土地、建物)の場合は、分ける事が難しいため、揉め事に発展しやすいという話をしましたが、そもそも遺産分割においては、どのような分け方があるのでしょか?
財産の分け方については、代表的なものが4つあります。
それぞれの説明、メリット、デメリット、そして自宅の相続の場合に使えるのかという観点でご説明します。
現物分割(げんぶつぶんかつ)
自宅は妻に、保険は長男に、現金は次男に、といったように現物をそのまま分ける方法です。
全員が現物分割で納得すればスムーズに遺産分割が完了するというメリットがある一方、実際には、先ほどの3兄弟のケースのように、現物分割をしてしまうと、公平な分割が難しく、誰かが得をしたり、損をしたりしてしまう事が多いです。
相続財産が「自宅のみ」といったケースでも、現物分割を実施するのは難しくなります。
換価分割(とうかぶんかつ)
財産を現金化して分割する方法です。
不動産や車、その他の現金以外の資産を、全て現金化してから分けるため、公平に分けることができるという点がメリットです。
しかし、現金化するためには「売却」をする必要があり、その手間がデメリットです。
また、遺産分割には期限があるので、限られた期限の中で資産を急いで売却しようとすると、安く買い叩かれる可能性が高いということもデメリットの1つと言えます。
代償分割(だいしょうぶんかつ)
法定相続分通りの配分になるように、相続する財産が多い人が、少ない人に代償金を払って調整する方法です。
例えば先ほどの3兄弟の場合、土地を長男、建物を次男が相続すると、本来2,000万円を受け取る権利がある三男が損をすることになります。
そこで長男と次男が1,000万円ずつ出し合って、三男に2,000万円を代償金として支払うことで、法定相続分通りに平等に分けるという方法です。
平等になるという面ではメリットがありますが、実際は代償金を支払う側が現金を用意しないといけないという意味で、あまり現実的ではありません。
ちなみに、代償金は現金以外にも不動産などで支払うことは可能です。
例えば先ほどのケースだと、長男と次男が、2,000万円相当の不動産を購入し、三男に代償金として渡すということです。
これもあまり現実的ではありませんね。場合によっては、不動産業者などが、代償分割のために不動産の購入を進める場合がありますが、この3兄弟のパターンをみてもわかるように、この場合だと長男と次男はそれぞれ建物と土地を相続しても、三男に代償金を支払うために、1,000万円ずつ借金をすることとなります。
相続した建物と土地はすぐに現金ができる訳ではないので、相続によって借金ができてしまったという状態に陥ってしまうケースもあります。
共有分割
ひとつの財産を、相続人皆んなで共有する方法です。
たとえば、自宅の土地の1/2は妻が、1/4は長男が、1/4は次男がというように、法定相続分に合わせてシェアしあう方法です。
これは一見、一番平等な分け方のように思えますが、その不動産を売却するタイミングや取り壊しの時に、共有者全員の同意が必要なこと、また共有者が亡くなった場合、さらなる相続が発生して共有者が増えることなどを考えると、スキームが複雑になるという面で、あまりおすすめできません。
3.実施すべき対策とは
1章では、5,000万円以下の家庭の方が遺産分割において揉めやすいと言うこと、2章では、揉め事の原因の多くが自宅の相続であること、4種類の財産の分け方についてそれぞれ説明してきました。
では、5,000万円以下の家庭において、自宅を相続する際に、揉め事が起きないためにはどのようにすれば良いのでしょうか?
生前に全員で話し合っておくことが重要
2章の説明からも分かる通り「この分け方をすれば安全です!」と言うような分割方法はありません。その分割方法にしても、メリットとデメリットがあり、ケースによって異なるからです。
そうなると揉め事を起こさないために重要なことは「生前に、相続人含めて、全員で話し合って、遺言書を準備しておくこと」これに尽きると思います。
そしてこれが本稿で1番お伝えしたかった内容です。
ケーススタディとして挙げている3兄弟の例を取ってみても、色々な対策方法がありますが、例えば、父親の生前にしっかりと話し合っておけば、
- 長男が一番世話をしてくれているので、自宅は長男に相続する
- 全員に平等に分けたいので、生前対策で不動産を売却する
などの選択肢を、全員の同意の上、行うことができたかもしれません。
相続で重要なのは「全員で平等に分ける」ことではありません、「全員が納得のいくかたちで相続を終える」ことです。
この「全員」と言うのにはもちろん、被相続人も入っています。
つまり、どのような状況でも使える、全員が完全に平等になるテクニックなどは存在しませんが、生前に親含めてしっかり話し合っておくことで、全員が納得のいくかたちで相続を終えると言うことは可能なのです。
遺言書を準備しておくことが重要
生前に親を含め相続人全員で話し合っておくことが重要だとお話ししましたが、「話すだけ」では少し不十分です。
話した内容は、遺言書として被相続人の言葉で必ず残して起きましょう。
遺言書が無い場合は、遺産分割協議を実施する必要がありますが、人間は忘れやすい生き物なので、生前に話し合った時には全員が納得していたとしても、いざ相続となった際に「そんなことは覚えていない」となることも少なくはありません。
そのために、被相続人の生前に遺言書を準備し、相続発生後は遺言書の内容に従って、速やかに進めることが重要です。
※遺言書について、書き方や詳細についてはこちらの記事をご覧下さい
まとめ
いかがでしたでしょうか?
「うちの家族は大丈夫」と言う考え方は少し幻想に過ぎないのかもしれません。
例え、100万であっても10万であっても「お金」というのは家族という仲を超えて争いに発展することがあります。
いざ相続になった際に、全員が100%納得できる解決策は少なく、そのためにも生前に親も含めて話し合っておくことが何よりも重要なのです。
親の生前に「相続」の話をするのは本人の気持ちなどを考えると難しいと思う方も多いかもしれませんが、「自分のため」ではなく、「残された人全員のため」に、生前に話し合っておくことが重要だと説明しましょう。