特定の人に財産を相続させる場合や、相続税の節税をしたい場合に活用されるのが「養子縁組」です。相続対策にはさまざまな方法がありますが、実際に養子縁組を検討している方もいることでしょう。
ただ、養子縁組にはメリットだけでなくデメリットもあるため、実際に相続対策として養子縁組を行う場合には注意が必要です。今回は、養子縁組の概要やメリット・デメリット、相続対策として養子縁組を行うときのポイントを解説していきます。
養子縁組とは?

血縁関係はないものの、法的に親子関係を認められた子が「養子」です。「養子縁組」という正式な手続きを踏むことで、実子(両親と血縁関係がある実の子供)と同じように、血縁関係がない人の間でも親子関係が成立するようになっています。
養子縁組には次の2つがあり、相続対策で使うのは基本的に「普通養子縁組」です。
- 普通養子縁組
- 特別養子縁組
普通養子縁組
普通養子縁組は相続対策として活用されることも多く、たとえば次のような形で使われます。
- 子供がいない家庭で養子縁組を行って家系を存続させる
- 財産を相続させたい人を養子にすることで、相続権が生じて財産を受け継げるようにする
養親になる人が養子になる人よりも年上であることや、夫婦の一人が養親になる場合には配偶者の同意が必要など、普通養子縁組をするには一定の条件を満たす必要があります。
ただ、養親になる人は成人ならば独身でも良く、特別養子縁組のように細かい年齢制限はありません。
特別養子縁組
特別養子縁組は、子供の福祉・利益を目的に行われる養子縁組です。原則として15歳未満の子供が対象で、家庭裁判所で手続きして許可が出ないと縁組はできません。
虐待を受けて保護されている子供や、経済的に困窮している世帯の子供が主な対象です。普通養子縁組のようにすぐに縁組ができるわけではなく、6ヶ月間の試験的な養育期間が必要です。
また、養親になる人は独身ではなく婚姻済の夫婦であることが条件で、一方は少なくとも25歳以上・もう一方は20歳以上でなければなりません。
つまり、特別養子縁組は相続対策として使うものではなく、保護すべき・養育すべき子供を守り、しっかりと育てられる家庭に養子として託す制度です。
なお、特別養子縁組では法律の改正があり、2020年4月から制度内容が一部変更されています。詳しくは、厚生労働省や法務省のホームページを確認してください。
- 特別養子縁組制度について(厚生労働省ホームページ)
- 民法等の一部を改正する法律(特別養子関係)について(法務省ホームページ)
養子の相続権

養子縁組をすれば、もともと相続権がなかった人でも養子になった後に相続権が生じます。まず、ある人が亡くなって相続が起きたとき、遺産を相続できる人の順位が決まっています。
- 配偶者:常に相続人になる
- 第一順位:子などの直系卑属や、子が既に亡くなっている場合に代わりに相続する孫・ひ孫など
- 第二順位:父母や祖父母などの直系尊属
- 第三順位:兄弟姉妹や、兄弟姉妹が既に亡くなっている場合に代わりに相続する甥・姪
※ 直系:血縁関係がある人、卑属:自分よりも下の世代の人、尊属:自分よりも上の世代の人
配偶者は存命であれば常に相続人(財産を相続する人)になりますが、その他の人の間では、上記のように「相続できる順位」が決まっています。たとえば、子と兄弟姉妹がいる場合には、相続順位が上の子(第一順位)が相続人になるので、順位が低い兄弟姉妹(第三順位)は相続人にはなりません。
そして、この相続の仕組みでポイントになるのが「第一順位の子」で、「実の子供」だけでなく「養子」も含まれることです。相続できる順位がもともと低かった人を養子にすれば第一順位に順位が上がりますし、そもそも相続権がなかった人を養子にした場合も第一順位です。
つまり、養子になると相続権を得ることができ、相続関係が変化することになります。ただし、普通養子縁組と特別養子縁組では異なる点もあります。
普通養子縁組
普通養子縁組の場合は、実の親と養子との法的な関係はなくなりません。養子は、実の親が亡くなったときも養親が亡くなったときも、どちらの場合も相続権を持ちます。
特別養子縁組
特別養子縁組の場合は、縁組をすることで実の親と養子との法的な関係はなくなります。実の親が亡くなっても養子に相続権はなく、(遺言書などによって別途遺産を渡す場合などは別ですが)基本的に遺産は相続できません。
養子が遺産の相続権を持つのは、あくまで養親が亡くなったときだけです。
養子の子の相続には注意が必要
ある方が亡くなって相続が開始したとき、財産を相続する人(相続人)がその時点ですでに先に亡くなっているケースがあります。このような場合、本来の相続人に子がいなければさきほど紹介した「相続できる順位」にしたがって、次順位以降の人に相続権が移ります。
しかし、本来の相続人に子がいる場合はその子が代わりに相続することになり、これを「代襲相続」と呼びます。そして「養子の子」の場合は、代襲相続が起きる場合と起きない場合があるので注意が必要です。
代襲相続が起きるケース
「養子縁組をした後に生まれた養子の子」ならば代襲相続が起きます。相続が開始したときに既に養子が亡くなっていても、養子に子がいれば遺産を相続できます。
代襲相続が起きないケース
「養子縁組をする前に生まれていた養子の子」では代襲相続は起きません。相続が開始したときにすでに養子が亡くなっていた場合、養子に子がいたとしても相続権を持たないことになります。
養子縁組による相続税に関するメリット

養子縁組を活用することで、相続税の計算でさまざまなメリットが生まれます。ここでは「養子縁組による相続対策」を考えるときに特に理解しておきたい4つのポイントを紹介していきます。
- 相続税の基礎控除額が増える
- 相続税の死亡保険金の非課税額が増える
- 相続税の死亡退職金の非課税額が増える
- 相続税の2割加算を回避できる場合がある
メリット①:相続税の基礎控除額が増える
相続税の計算をするとき、まず最初に「相続税の課税対象になる遺産の金額」から「基礎控除額」を引くことになっています。その上で税率をかけて税額を計算するため、遺産の総額が基礎控除額以下だと、そもそも相続税はかかりません。
そして、相続税の基礎控除額は、次のように計算します。
- 相続税の基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × (法定相続人の数)
まず法定相続人についてですが、「養子の相続権」で紹介した「相続できる順位」のルールに従って相続人になる人のことです。そして、養子縁組すれば養子は第一順位の法定相続人になり、縁組をする前より法定相続人の数が増えることがあります。
たとえば、夫が亡くなって相続人が妻1人のケースを考えてみましょう。このとき、養子縁組をせずに法定相続人が妻1人の場合と、生前に養子縁組をしておいて養子1人を迎えて法定相続人を妻・養子の2人にした場合では、それぞれ基礎控除額が次のようになります。
- 養子縁組をしない場合:3,000万円 + 600万円 × 1人(法定相続人の数) = 3,600万円
- 養子縁組をした場合:3,000万円 + 600万円 × 2人(法定相続人の数) = 4,200万円
養子縁組によって基礎控除額が増えて、相続税がかからず非課税になる金額が増えることになります。
メリット②:相続税の死亡保険金の非課税額が増える
相続人が死亡保険金を受け取った場合、次の金額までは相続税がかかりません。
- 相続税の死亡保険金の非課税額 = 500万円 × (法定相続人の数)
基礎控除額と同じように、計算式に「法定相続人の数」が含まれています。そのため、養子縁組をして法定相続人の数が増えた場合には、「死亡保険金の非課税額」も増えることになります。
なお、これはあくまで相続人が死亡保険金を受け取るときのメリットです。相続対策として実際に行う場合は、養子縁組とあわせて生命保険への加入も行うことになります。
メリット③:相続税の死亡退職金の非課税額が増える
相続人が死亡退職金を受け取った場合、次の金額までは相続税がかかりません。
- 相続税の死亡退職金の非課税額 = 500万円 × (法定相続人の数)
基礎控除額や死亡保険金と同じように、計算式に「法定相続人の数」が含まれています。そのため、養子縁組をして法定相続人の数が増えた場合には、「死亡退職金の非課税額」も増えることになります。
なお、会社員などが亡くなった場合、会社から死亡退職金が支給されるケースも少なくありません。配偶者が死亡退職金を受け取ることも多く、死亡退職金の金額が非課税額の範囲内に収まっていれば、相続税はかからないということです。
メリット④:相続税の2割加算を回避できる場合がある
同じ財産を相続する場合でも、相続する人によっては相続税が2割加算されることがあります。「相続税の2割加算」の対象になるのは、「被相続人(遺産を残して亡くなった人)の一親等の血族と配偶者以外の人」です。
これは法律的な言い方で少し難しく感じるかもしれませんが、おおまかに言えば「配偶者・子・父母」以外の人が遺産を相続する場合には、税額が2割増えるということです。
そして、2割加算の対象になる「配偶者・子・父母」以外の人を養子にすることで、2割加算の対象外になって相続税を低く抑えることができます。
たとえば、血縁関係はないものの自分の身のまわりの世話をしてくれた人に、財産を渡したいような場合です。もちろん、この場合は遺贈(遺言書を書いて財産を渡す方法)によって財産を渡すこともできます。
ただ、これだと2割加算の対象になってしまうので、相続税を少しでも抑えたいのであれば養子縁組を行ったほうが良いでしょう。
なお、2割加算には例外規定があり、孫を養子にする場合には注意が必要です。孫は「配偶者・子・父母」以外の人なので2割加算の対象で、養子にすれば2割加算が回避できそうに思えますが、孫だけは養子にした場合でも例外的に2割加算の対象になります。
養子縁組による相続税に関するデメリット

ここまで紹介してきたメリットがある一方で、養子縁組にはデメリットもあります。養子縁組を検討する場合でも相続税との関係では次のようなデメリットがあるため、実際に縁組をするかどうかは慎重に検討するようにしてください。
- 相続税の税率が高くなる場合がある
- 相続税の計算に含められる養子の人数には制限がある
デメリット①:相続税の税率が高くなる場合がある
養子縁組のメリットの一つとして、基礎控除額が増えるケースがあることはすでに解説しました。しかし、養子縁組をすることによって、逆に基礎控除額が減るケースもあるので注意が必要です。
そして、相続税は、課税される遺産額が大きくなるほど税率が高くなる仕組みなので、基礎控除額が減って課税対象財産の金額が増えると、税率が高くなることがあります。
たとえば、両親と子1人の3人世帯において、子のほうが先に亡くなって両親2人が相続人になる場合を考えてみましょう(子には子(両親から見たら孫)がいないものとします)。この場合、相続税の基礎控除額は次のようになります。
- 相続税の基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × 2人(法定相続人の数) = 4,200万円
しかし、子が亡くなる前に養子縁組をして、養子1人を相続人にしたとします。この場合、両親2人ではなく、養子1人が相続人になって遺産を相続するため、法定相続人の数は1人に減ります。
- 相続税の基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × 1人(法定相続人の数) = 3,600万円
つまり、養子縁組をする前よりも、相続税がかからない非課税額(基礎控除額)が3,600万円に減ってしまっています。そして、遺産額にもよりますが、基礎控除額が減った結果として税率が高くなることがあります。
そのため、養子縁組をするときには事前に相続税のシミュレーションをするなど、相続の権利関係や相続税がどのように変わるのかを考えることが大切です。
デメリット②:相続税の計算に含められる養子の人数には制限がある
養子縁組をすれば相続人の数が増えて、基礎控除額や死亡保険金・死亡退職金の非課税額の金額が増えることを紹介しました。この点は確かにメリットですが、実は法定相続人の数としてカウントできる養子の人数には制限が設けられています。
つまり、何人でも養子として迎えて相続税を無限に軽減できるわけではありません。「被相続人(財産を残して亡くなった人)の実子の数」に応じて、次のように決まっています。
- 被相続人に実の子供がいる場合:一人まで
- 被相続人に実の子供がいない場合:二人まで
相続税の計算に考慮される養子の数は、最大でも一人または二人なので、注意が必要です。
相続対策として養子縁組を活用する場合のポイント

養子縁組では、「誰を養子にするのか」によって押さえるべきポイントが異なります。養子縁組を検討する理由は人それぞれですが、ここでは4つのケースを紹介します。相続対策として養子縁組を活用する際の参考にしてください。
- 孫を養子にする場合
- 結婚相手の連れ子を養子にする場合
- 子の配偶者を養子にする場合
- 甥や姪などその他の親戚を養子にする場合
ケース①:孫を養子にする場合
孫を養子にするケースというのは、孫に事業や家系を継がせたい場合や相続税の節税をしたい場合です。本来は「親→子→孫」と2回相続が起きて相続税も2回課されますが、孫を養子にして「親→孫」に直接遺産を相続すれば、相続税が課される回数が1回だけになります。
その一方で、「メリット④:相続税の2割加算を回避できる場合がある」ですでに紹介したように、孫養子の場合には例外的に2割加算を回避できません。相続税の節税が目的の場合でも、2割加算回避のためではなく、課税回数を1回減らすために行うのが孫との養子縁組です。
ケース②:結婚相手の連れ子を養子にする場合
再婚した相手に連れ子がいる場合、養子縁組をしなければ、自分が死んだときに連れ子には相続権はありません。そのため、再婚相手の連れ子に自分の財産を相続させたいのであれば、養子縁組をしておく必要があります。
なお、養子縁組をせずとも遺言書を作成して、連れ子に遺産を渡す旨を書く方法(遺贈)もあります。ただし、この方法だと相続税の2割加算の対象になり、税額が増えてしまって手元に残せる資産が減ってしまいます。
相続権がない人に財産を渡す方法には、遺贈や養子縁組、生前贈与など複数の方法があり、慎重な検討が必要です。それぞれの方法のメリット・デメリットを踏まえた上で方法を選択しなければいけないので、相続に強い税理士など専門家に相談することをおすすめします。
ケース③:子の配偶者を養子にする場合
子の配偶者を養子にするケースとは、たとえば事業や家系を存続させるために婿養子を取る場合です。また、介護などの身のまわりの世話をしてくれた子の配偶者に、財産を相続させたくて養子にする場合も該当します。
「ケース②」と同様に、これらの人に遺言書によって財産を渡す方法に比べて、2割加算の適用を受けずに済む点がメリットです。
なお、実子とは別に事業を継がせる婿養子を取るような場合には、実子が不満を抱かないかにも配慮したほうが良いでしょう。遺産の相続分が減ってしまう実子が不満を抱いたり、養子縁組を機に一家の仲が悪くなっては大変です。養子縁組をする場合には影響を受ける人への配慮も欠かせません。
ケース④:甥や姪などその他の親戚を養子にする場合
自分に子供がおらず、兄弟姉妹の子である甥や姪をかわいがっていて自分の財産を相続させたい場合もあるはずです。このような場合にも、生前に養子縁組をしておけば財産を相続させることができます。
もちろん甥・姪本人や甥・姪の親である兄弟姉妹の意向や同意も必要ですが、遺贈によって財産を渡す場合よりも相続税の2割加算を回避できる点がメリットです。ただし、もともと配偶者のみが相続人のケースで養子縁組を行うような場合だと、全財産を相続できるはずだった配偶者が相続できる遺産が減ってしまい、不満を抱く可能性があります。
甥・姪といった比較的遠い関係の親族に遺産を渡すことに不満を抱く人もいるため、養子縁組を検討するときには遺産の取り分が減る人にも配慮することが大切です。
養子縁組を行うときの注意点

養子縁組をするときには、養親になる人・養子になる人の立場だけでなく、影響を受ける周囲の人のことも考えるようにしましょう。養子縁組では遺産を相続する順位が変わったり元々の相続人の相続分が減ることも多く、影響を受けた人が不満を抱くことも少なくありません。
たとえば、事業を継がせるために養子を迎えたのに、家族の仲が悪くなって事業に関わる親族同士でトラブルが頻発したり事業経営に悪影響が出ては大変です。「養子縁組によって節税はできたが相続が争続になった」では困るので、養子縁組の検討を行う場合には家族の心情面にも配慮しながら考えるようにしてください。
まとめ
養子縁組には「普通養子縁組」と「特別養子縁組」の2つがあり、一般的に相続対策として使われるのは普通養子縁組です。養子縁組をうまく活用することで、お世話になった人や家系を継がせたい人に財産を相続させることができます。
ただし、相続税の節税につながるケースもあれば、逆に養子縁組によって税負担が増えるケースもあるため注意が必要です。家族の心情面など、税金以外のことも含めて考慮に入れることが大切なので、養子縁組などの相続対策を検討する場合には相続に詳しい税理士などの専門家に相談するようにしましょう。